第1話 ハザード・ハンター(目覚め)

 22世紀。宇宙に向かう軌道連絡線があり、月面どころか太陽表面にすら人類の基地があるこの時代でも、中央アジアではまだ内戦が続いている。

「おはよう」

 シファはいかにも眠そうな整備クルーに目覚めを報告し、食堂に降りてきた。

 ここは新淡路基地に係留中の日本連合艦隊特設母艦〈ちよだ〉の艦内。

「ええと、シファ、あなた、時計は読めるわよね」

 艦の食堂前で咎める戸那美3佐にシファはまだ寝ぼけ眼だ。

「まだ課業開始には間に合うでしょ……私低血圧っぽいし」

「そんなワケありますか!」

 戸那美が沸騰する。

「階級1佐相当のあなたに3佐の私が注意するなんて、そもそもあり得ないのに。まったく!」

「仕方ないわよ。私、そうできちゃってるんだもの。それより今日の朝ご飯は?」

「それより、って!」

 戸那美3佐の朝はこうしてシファに怒ったり呆れたりで忙しい。それに比べてシファは相変わらずののんきなマイペースである。

 そこにこの99任務群群司令の宮山将補がやってくる。

「ははは。相変わらずだな。シファは低血圧で戸那美は高血圧。二人で均したらちょうどよさそうだ」

「司令!」

 戸那美が冗談に抗議する。

「まあまあ。まずメシ食え。腹減るとろくなことが無いぞ。それはそうと、シファにまた任務が付与されるぞ」

「どんな任務ですか?」

 シファが聞く。

「内閣調査庁からのオーダーだ。中央アジアでの人質救出作戦。シファはその援護任務に当たることになる。正式な命令はこれからGF(連合艦隊)司令から来るが、内々に話はもう来てる」

「鳴門さんですか?」

 そう戸那美が呼ぶ内閣調査庁調査官・鳴門はシファの彼氏である。

「ああ。頑張ってるよなあ。ほんと。シファの作戦行動のためだ、って情報収集と分析を頑張って、また徹夜したらしい。作戦局長が心配してたよ。今時過労死なんてしゃれにならん、21世紀じゃあるまいし、って。いくら恋の相手にあわせたいっていっても、無理なものは無理だからね」

「そうですか……。そもそも鳴門さんがあなたと大学卒業したあと、あんながんばって国家公務員A試験取ったのに。それなのにほんとシファ、あなたって」

 ひとは、と戸那美は言いかけて、止めた。

 そう、シファは『ひと』ではない。

 シファのその甘い垂れ目の瞳の整った顔と身体、思考アルゴリズムと装備には、総額で12兆円もの建造費がかかっている。

「まあまあ。時空同士を繋ぐワームホール制御技術の粋、時空潮汐機関と量子実装の結晶の『12兆円』もメシ食うしこうして怒られる。そういう時代だ」

 宮山は笑いながら量子実装の応用の量子インスタントコーヒーのツブを食堂のトレーからとり、カップに入れて爪楊枝でつつく。するとツブからコーヒーの温かい液体が吹き出してちょうどカップ一杯分になった。ヒーターも水も要らないので便利とこの時代では普及している。

「その時代にしちゃった建造計画の立案と指揮しといてそんな言い方しないでください!」

 戸那美がまた抗議する。

「まあ、そうだよなあ」

 司令は今はこんなのんびりしたベテラン高級士官らしい感じだが、環日本海戦争で生きたまま防衛功労章をもらった史上初めてのばりばりのエースパイロットであった。

 だから多大な困難を超えて12兆円を費やすシファの建造計画を通せた、と戸那美は理解しているつもりだ。しかしそのエースがこんなにすっかり丸くなってしまうとは。

 これもシファの、どこからわいているか計り知れない深い理性と優しさの影響なのか。

「シファも! もうすぐ国旗掲揚だから! とっとと食べる!」

 戸那美は気を取り直して急かす。

「その前にコーヒー飲ませて……ネムイ」

「いい加減にしなさい!」

 その食堂前には、翼を広げ剣を構えた青い鎧の姫騎士の姿のエンブレムが飾られ、朝を示す艦内灯に輝いている。

 その顔も、その下に記された名前も、シファだった。


 時空潮汐力特等突破戦闘艦BBNX-072 シファリアス

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