第五話 実績と初案件

「ESS部がスピーチコンテストで準優勝したみたいだな。アドバイザー部が手を入れたかららしいって、早速噂になっているぞ」


 いつもの日課を終えて、部室で着替えていると、東堂蒼士とうどうそうしがノックもせずに、入ってきて、僕に語りかけた。


 ちなみに、この学園は部活が最重要活動と位置付けられているため、どれだけ弱小の部活にも、部室があてがわれる。

 基本的に、通常の部室仕様だけであれば「無料」だが、一定以上のサイズや、備品等を求めるとそこには「費用」がかかり、各部活の収支が圧迫される仕組みとなっている。


 なお、アドバイザー部の部室は、当然「無料」の側なので、建物自体は古く、ドアなんかも、かなりガタついている。


「昨日、高井から、お礼がてら教えてもらったよ。

 あの後輩の子、実は帰国子女で、英語はネイティブレベルだったらしい。

 逆に日本語の方がまだあまり得意でないから、普段はおどおどしちゃってたみたいだな」


「……なあ、一体どんなマジックを使ったんだんだ、彗?」


 気障ったらしく、東堂が問いかける。身長は僕と同じくらいのくせに、頭が小さく、モデルようなスタイルがそれに拍車をかける。

 韓流アイドルのようなマッシュルームカットが、妙に似合っているのも、微妙にムカつく感じだ。


 東堂とは、いわゆる腐れ縁と言う間柄だ。

 たまたま同じ小学校に通っていたのだが、そのまま中学も一緒。まさか高校まで同じなるとは思わなかった。


 コイツは僕のことを親友だと公言して、色々と絡んでくるが、僕はコイツのことを全く信用していない。

 そもそも「親友」と言うワードを軽々に使う人間のことを、信用できるわけがない。


 東堂もまた、僕と同じように、この学校で、自分一人の部活を立ち上げている。

 よりによってそれが、「情報部」なんて名前で、情報屋まがいのことをやろうとしているのだから、信用しろというのが無理というものだ。


 ただ、この学校で殆ど話し相手がいない僕にとって、東堂が何かと話しかけてきて、色々と学校の事情を教えてくれることは、正直助かってはいた。

 (調子に乗るので、本人にはもちろん伝えたことはないが)

 その辺りの僕の心情を、微妙に把握してそうなあたりが、また少し腹立たしい。


「マジックなんて使ってないよ、純粋な分析と戦略さ」


 朝比奈のことは、まだ伝えるつもりはなかった。

 特に彼女の「共鳴視」(その後、彼女と半ば無理やり会話する中で、ボソリと出てきたワードが、なんか格好良かったので、そのまま僕も使わせてもらう事にした)の件については、話したところで信じてもらえないだろうし、そもそも上手く説明できる気がしない。


「……ふーん」

 あまり信じていないようなリアクションを、東堂が返す。


「そういえば、最近、君のアドバイザー部に部員が入ったらしいじゃないか、朝比奈さんだっけ?男女二人きりの部活なんで、なんかちょっとロマンスな感じだよね」

 やっぱりコイツ、本当は何か掴んでいているんじゃないか?そう疑いたくなる流れで東堂が聞いてくる。


「良くご存知な事で。さすが情報部。でも、それはデマだぞ。彼女とはそういう関係ではないし、そもそもまだ正式に入部もしてない。絶賛勧誘中だ」

 ……それは本当だった。

 その後も、僕は何度も彼女を勧誘しているが、いまだに色良い返事は貰えていない。

 ただ、ESSの一件以来、少なくとも無視されることは無くなったので、僕は良い傾向だと感じている。いや、信じている。


 そんな会話をしていると、部室のドアをうっすらと叩く音がした。


「どうぞ!」

 部員でもない東堂が、勝手に招き入れる声を少しイラッと聞きながら、僕はドアを開ける。

 そこには、当の朝比奈が目を伏せながら立っていた。


「どうした?ついに入部する気になったか?」

 実はかなり驚いていたのだが、そんなそぶりを見せないように、平静を装いながら僕は声をかけた。


「……そんなわけないでしょう」

 朝比奈は、いつものようにボソッと僕の軽口を受け流す。

 そこで、僕だけだと思っていた部室に人がいる事に気づき、不審そうに東堂の方をじっと視る。


「ああ、コイツは東堂と言って、俺の友人だ。いないものと思ってもらって大丈夫」

 せっかく朝比奈が部室まで足を運んだのに、不審がられるのも本意ではないので、僕は渋々東堂のことを紹介した。


 朝比奈は、ぼんやりと僕らのことを「みて」いる。

 もしかしたら、共鳴視で僕らを「視て」いるのかも知れなかったが、何色だと言われても不快であることに気づき、それを聞くのはやめようと考えていた。


「初めまして! 君が朝比奈さんか、うちの彗がいつもお世話になってるね。

 彗とは長い付き合いなんだが、こう見えて、なかなかに『危なっかしい』やつでね。

 親友の僕としては、いつも心配でやきもきしているんだよ……」

 東堂が、僕からするとかなり余計なお世話な内容の挨拶をする。


「……知っている。たまに、間宮の席にくる、情報部とかいう胡散臭い部活の人でしょう?

 あと、特に間宮の世話はしていない」


「胡散臭いとは、情報を扱う身としては極めて心外だね! 僕は嘘をつかないことを信条としているのに!」

 言葉とは裏腹に、全く意に介していない顔で東堂が答える。


「『嘘をつかない』ってだけだろう。朝比奈さん、コイツの言うことは嘘ではないってだけで、真実を言っているとは限らないからね。

 あと、情報を引き出すためなら手段を選ばないから、ある意味『口は軽い』男だから注意した方がいいよ」


「……わかった」

 

 納得いかないような表情を、白々しく浮かべている東堂を無視して、僕は朝比奈に問う。

「で、真面目な話、どうしてここへ?」


「……一応、お礼を言いに」

 普段より、もう一段ぶっきらぼうに朝比奈が答えた。

 目は伏せているため、表情はよく見えないが、心なしか、照れ隠しのように見えなくもない。


「お礼?」

「さっき、クラスで、ESS部の発表が上手くいったらしい、という話が聞こえた。あのまま、私が『視ている』だけだったら、そんな風には、きっとならなかったから。

 ……だから、ありがとう」


 最後はこちらの目をしっかりと見て、朝比奈が言う。


 正直、こんな風にストレートにお礼を言われること自体に驚いたし、朝比奈の能力がすごいだけで、俺は特に何もしていない、と声に出して言いたかったが、東堂もいる手前、その言葉をそのまま表に出すことも出来ない。


 僕は意図的に軽い調子で返答する。

「それは、どう致しまして。じゃあ、そのお礼にうちの部に入るっていうのは……?」


「前も言ったでしょう、それとこれとは別。

 ……でも、そうね、一度だけだったら――」


ん?何かとてつもなく嬉しいことを言ったぞ、と思った瞬間、再度、部室のドアがノックされた。


「どうぞ!」

 今度は僕自身で答える。


 それにしても、アドバイザー部の部室がこんなにノックされることなんて、創部以来初めてのことで、僕以上にドアの方が驚きすぎて、硬直して開かなくなってしまって、そのうち壊れるんじゃないか、そんな馬鹿なことを考えながら、ドアを見つめる。


 ゆっくりとドアが開く。そこには一人の女子生徒が立っていた。


「こちら、アドバイザー部の部室でよろしいでしょうか?」

 その女子生徒は、誰に声をかけたらいいか迷ったそぶりを見せつつ、上手いこと部屋全体に対して問いかけるように話した。


 ただ、目線はこの部屋隅に吊るされている異物のところで止まり、『もしかして、部屋を間違えたかな』、という表情をわかりやすく浮かべている。


 僕は彼女を安心させるように即答する。

「はい、そうです。間違いなく、アドバイザー部です。俺は部長の間宮と言います。

 えっと、あなたは……?」


「あっ、失礼しました。私、本条 雪乃ほんじょうゆきのと言います。2年なのですが、一応、文芸部の部長をやっています。

 中学の同級生だった高井君から、ESS部がこの間のコンクールで準優勝したのは、このアドバイザー部が多大な協力をしてくれたお陰だと言う話を伺いまして……」


 本条は、意思の強そうな眉が印象的ではあるものの、大きな眼鏡がそれを和らげ、さらに三つ編みというオプションが加わることで、文芸部だと自己紹介を受ける前から、文芸部じゃないか?と思わせるような、ザ・文学少女という雰囲気だ。


 その風貌からの期待を裏切らない、落ち着いた声と丁寧な口調だった。


 ……今思えば、続けて彼女が放った言葉が、アドバイザー部の転機となり、その後の僕らが迎える激動の、最初の一石だったように思う。


「単刀直入に申し上げます。……うちの部を助けてもらえませんか?」

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