【06 先生】

・【06 先生】


 ちゃんとみんなで名乗ってから職員室に入ると、先生がこちらを向いた。

 職員室には先生が一人だけ座っていて。全体の電気はつけていないで、暗い感じだが、先生の机にだけデスクのライトがついていた。

 僕たちは足並みを揃えて、先生の前に立ってから、僕が率先して言うことに取り決めているので、

「先生、電流で煽る恐怖政治は先生が一番嫌いなイジメと一緒です」

 すると先生は少し悩むような素振りを見せてから、

「でも電流が無ければイジメは無くならなかったはずだ」

 僕は矢継ぎ早に、

「じゃあもう無くなったからいいんですね」

「またすぐに復活するかもしれない」

 と先生が淡々と述べたところで片井陣くんが声を出した。

「いいや、もうイジメはしない。俊哉のことを認めたからな」

 先生は息を乱さず淡々と、

「イジメた側でが認めて終わるということは間違っている」

 片井陣くんは後ろ頭をボリボリ掻きながら、

「確かにそれは俺も言われた。でも俺はもうイジメをしないという気持ちは変わらない」

 道本脩斗くんが溜息をついてから、

「もうイジメしねぇよ、電流無くたってしねぇ。じゃあこう言おうか、イジメはギャラリーがいないと楽しくないんだよ、こんな状況ではもうしねぇよ」

「つまり普通の教室に戻ったらまたするというわけですね」

 道本脩斗くんは舌打ちをしてから「今の話してんだよ」とボソッと言った。

 池内浩二くんは相変わらず笑顔で、

「まあまあ。やっぱりここは脩斗や陣がちゃんとイジメをしない宣言をすればいんじゃないか?」

 片井陣くんは少し俯きがちに、

「でもだって、根性あるって思って、それにあれだろ、俺のため思って、いろいろ言ってたんだろ? 自分が痛むのにさ、電流で。それなのに俺に注意するなんてスゲェよ、スゲェと思ってイジメやめることがそんなおかしなことか?」

 先生は全く同じ調子で、

「それは主導権が自分にあると思っている、要はイジメの勾配のまま自分で判断をくだしているわけです」

 片井陣くんは少し早口で、

「そりゃ確かにそういう側面もあるかもしんないけども、じゃあどう表現すればいい? 人のことスゲェと思うなんて俺元々そんな無いぜ? ずっとずっと自分スゲェと思って生きてきて、なんならそう生きて自信満々に蹴散らせって教育されてきてさ」

 そうか、片井陣くんって親からそういう教育されてきたのか、そりゃそうだ、イジメられる側に理由は無いとよく言うけども、イジメる側に何か理由があってもおかしくないわけだ。

 つまりイジメはイジメる側のほうに何らかのトリガーあるということなのか。いや考えたら当たり前か。でも考えられるほどこっちにも余裕が無いわけで。

 先生は一個間を置いてから、

「教育とは両親にですか?」

「両親にだよ、あと先生、先生っつーのは目の前にいるアンタじゃなくて、普通の教室にいた頃の先生な。アイツは力強いことはいいことだとか言ってたぞ」

 先生の表情も声も変わらないけども、明らかに思考の間があってから、

「分かりましたぁ」

 と言った。やっぱりこの女性の先生としては、元の教室の先生のことを憂いているんだと思った。

 片井陣くんが喋り終えたことを、顔を見て確認した道本脩斗くんが、

「いやおれのパターンだけども、舞は誰にでもおずおずしていてさ、何かイラつくんだけども今は何か、別にそんなことも無いし、まあいいかって」

 先生は毅然とした態度で、

「それは電流があって小佐田舞さんはそれに守られていたからでは?」

「いや分かんよ、それもあるんだろうけども、でももう電流はいらないだろって話」

「元の教室に戻ったらもう道本脩斗さんはイジメをしませんか?」

 と言ったところで、小佐田舞さんが割って入り、

「私はもう……うん! おずおずしません! 堂々とします! ……は、分からないけども、その、普通にやれたらいいなって思います」

 高ミゲルくんが優しい声で、

「きっとできるよ、だって天敵とずっと隣の席で大丈夫だったんだから、何ならそうだね、僕も今度は舞と同じクラスになるよ、そうしたら一緒に仲良くしよう」

 小佐田舞さんは顔がパァッと明るく晴れたところで、また道本脩斗くんが、

「ほら、舞もそう言っているしさ、そもそも原因はおれだろ。おれがイジメなきゃおずおずもしないさ」

 先生は少し意地悪そうなイントネーションで、

「そう? 小佐田舞さんは道本脩斗さん以外にもおずおずしているんじゃないの?」

 すると小佐田舞さんは自信無さげに俯いたわけだけども、道本脩斗くんは自信満々に、

「いいや、こんな最低最悪なおれと一緒にいても大丈夫なんだ。舞は絶対やれるヤツだ。そう信じている」

 と真っ直ぐな瞳で言って、小佐田舞さんもちょっと優しい顔に戻り、顔もあげた。

 すると片井陣くんも、

「そうだよ、そういうことだよ、俊哉もそういうことなんだよ」

 即座に道本脩斗くんが、

「俺に乗っかってくんじゃねぇよ」

 と少し笑顔で言って、片井陣くんは少し小さな声で「別にいいだろっ」とツッコむように言った。

 ちょっと落ち着いたところで池内浩二くんが、

「とにかくさ、電流とか恐怖政治とかイジメと一緒だぜ? それを公(おおやけ)である先生側がやっていたら問題じゃん?」

 先生は首の振りが細かく早くなっていき、相当動揺しているようだった。

 そこで僕が念を押す。

「今までは必要だったかもしれないけども、今は必要が無いって思わないですか? そんなに生徒のこと信じてくれませんか? じゃあ一体先生は何を信じて生きているんですか?」

 僕たち六人は真正面を向いて訴えかけると、先生は急に俯いたと思ったら、そのままこうべを垂れて、動かなくなった。

 何を言うか待っていたわけだけども、先生は一切動かなくなり、正直異様に思えてきた。

 すると高ミゲルくんが、

「舞、ちょっと先生の頬とか、触ってみて」

「うん、じゃあ同じ女性として」

 と言いながら小佐田舞さんが先生に触れたその時、小佐田舞さんは目を見開き、

「何か冷たいです……」

 道本脩斗くんが焦りながら、

「えっ! マジ大丈夫っ? 舞! 動脈触って確認したほうがいい!」

 小佐田舞さんはとりあえず首の動脈に手を当てると、

「脈拍が無い……」

 と言い、みんな青ざめているのに、池内浩二くんだけは相変わらず笑顔で、

「何それー」

 と言うんだけども、池内浩二くんのソレもきっと家庭環境のせいでこうなっているのだろうから、僕たちはもうたいして気にしていない。

 それよりも、といった感じで片井陣くんが、

「あのほらっ、ミゲル、オマエ優しんだから、オマエも触って確認しろよ」

 高ミゲルくんはちょっと震えながらも、

「いやいや、優しいとかもう関係無いでしょ……みんなでちょっと確認しよう、腕とかなら平気だよね? 先生、大人だもんね」

 僕もちょっと手首の動脈を触ると、脈は確かに無いんだけども、腕の触り心地というのが何か体育の授業の時の人型ロボットに似ていて、

「もしかすると、先生ってロボットだった? 体育の授業みたいな」

 と声を出すと、みんなバッと腕や足を触り始めた。

 すると口々に、

「本当だ! 体育のロボットと触りが一緒だ!」

「マジかよ! まさかここまでAIだったとは!」

「本当に……こんなことが……」

「先生までAIってどういうことなんだ?」

「えぇー、何か面白いぜ」

 でも、

「声はちゃんと女性だったよね、それともAIの自動読み上げだったのかな?」

 僕の疑問に全員黙ってしまった。そう、そう思ってしまったら、あんまり自信が無いからだと思う。

 いや、と僕は軽く挙手しながら、

「だからってセンテンス、文章は多分誰かが遠隔操作して決めているはずだよね。さすがにここまで高性能のAIはまだ無いはず、声のイントネーションが変わった時もあったし、細かく指定とか遠隔操作でしているんじゃないかな」

 高ミゲルくんは唸り声をあげてから、

「でも今のAIは普通に会話できるもんなぁ」

「じゃあ動作は? あれこそ遠隔操作じゃない?」

 すると小佐田舞さんが小声だけども、しっかり意志のある声で、

「私も、動作は遠隔操作だと思います……文章だって一部AIでも、一部は自分で打ち込んでいたんじゃないかな? イントネーションの指定も多分そうで」

 池内浩二くんは分からないといった感じで小首を傾げた。

 道本脩斗くんはう~んと声を捻りだしてから、

「一部は、か。確かに今の会話はちょっと人間と会話している間だったよな」

 片井陣くんも同調するように、

「それはマジでそうかも」

 小佐田舞さんはさっきよりも大きな声で、

「というかここで機能が停止したことが答えだと思います。先生が判断に迷って停止させたんじゃないかな」

 それに対して池内浩二くんはうんと大きく頷いて、

「それだ! それは絶対そうだと思うぜ!」

 高ミゲルくんも納得しているようだった。

 僕も、と思って、

「小佐田舞さんの言う通りだと思う」

「ううん。これは俊哉くんがいろいろ考えてくれたことを総合して私が言っただけ」

 高ミゲルくんは自分の拳を強く握ってから、

「じゃあさ! 明日は土曜日だし! みんなで集まって先生の居場所を探して突撃しようよ!」

 それに対しては道本脩斗くんは溜息をついてから、

「どうやってだよ、ノーヒントで見つかるはずねぇじゃん」

 高ミゲルくんは少しムッとしながら、

「いやでも一応ここの中学校の先生をしているんだから、多分近くに住んでいるはずだよ。それに最新鋭のAIを使っていたって、最新鋭の電波を使っているとは限らないよ。意外と近くにいるのかも」

 道本脩斗くんは負けじと、

「動きを遠隔操作していたとしてさ、あういうのってだいぶ離れていてもできるみたいだぜ。日本の手術をアメリカでやる医者もいるみたいだしさ」

 高ミゲルくんは論破されてしまったという顔になったわけだけども、僕は、

「でもさっき先生が少し上機嫌になって、面白いテレビの話をしたよね。それってこの県でしか放送していない番組だよね、いやTVerとか確認していないからまだ分からないけども」

 高ミゲルくんは即座に明るい顔になって、僕を応援するように、

「ほらほら! やっぱりそうじゃん!」

 道本脩斗くんは「はいはい」と少し流すように呟いた。

 僕はさらに続ける。

「お気に入りのファミレスもここの県しかないよね、確か。で、この学区内でそのファミレスがあるのは北地区だけで」

 小佐田舞さんが興奮を抑えられないといった感じに、

「じゃじゃあっ、北地区に先生は住んでいるということっ?」

 その勢いに乗るように高ミゲルくんが、

「じゃあ明日! 校門で集合だよ!」

 と声を張り上げて、みんな同意して、今日は家路に着くことにした。

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