第2話「凍える心に、やさしい灯を」
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街の中心にある公園広場。
ぽかぽか陽気の中、子どもたちが噴水のまわりを走り回る。
「ほらほら〜、水かけっこ禁止〜!」
こころが手を振ると、子どもたちが「はーい!」と元気よく返す。
その腕には、手作りのサンドイッチのバスケット。
「今日のお昼は公園ピクニックだよ! 特製たまごサンドとツナきゅうり!」
彼女はふわりと白いスカートを揺らして、木陰にピクニックシートを広げる。
「いただきまー……」
──ズガンッ!!
突如、空気が凍りついた。
噴水の水が瞬時に氷結。
公園の芝生が一瞬で霜に覆われる。
「っ……!」
冷気の中心に、静かに立つ影があった。
銀の短髪、無表情。軍服を思わせるミニスカート姿。
肩には黒いマント、手には、鋭く透き通るような氷の剣。
──
「……ターゲット確認。光属性:白羽こころ。処理対象に認定」
こころの目が、見開かれる。
「静刃スレイド……どうして、街の中に……」
「命令に従っているだけです。感情は不要です」
「人を傷つける命令なら、そんなのわたし──」
「反論、排除」
──ギィィン!!
氷の剣が振り下ろされ、地面が一閃。
氷の破片が四方に飛び散る。
こころは子どもたちを庇いながら、素早く後ろへ跳ぶ。
「みんな、避難して! ここはわたしが受け持つ!」
子どもたちが逃げる中、こころはひとり立ち上がる。
「静刃ちゃん……本当に、そんな顔しかできないの?」
「顔は飾りです。任務を続行します」
こころは胸に手を当て、ぐっと拳を握る。
「光にキスする時──」
パッと光が弾ける。髪が風を巻き、リボンが揺れる。
白のドレスが幾重にも広がり、胸元のプリズムがきらめく。
「プリズム・リュミエール、変身っ!」
高く響く音とともに、こころが白いヒールブーツで雪の上に着地した。
「心が凍えてるのなら、あたためてあげる──それが、わたしの光!」
「意味不明です。処理開始」
氷の剣が、まっすぐに向かってくる。
「じゃあ、わたしの光で──溶かしてあげる!」
こころが走り出す。
その瞬間、画面が反転。
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【CMアイキャッチ】
真っ直ぐに剣を構え、表情ひとつ動かさず立つ銀髪の少女。
背景には凍りついた噴水と、砕けた氷像が散らばる。
《静刃スレイド》
――「感情など、要らない。必要なのは、命令だけ」
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──ザクッ。ザクッ。
氷の剣が地面を砕くたび、白い霜が舞い上がる。
無表情のまま迫る静刃に、こころは距離を取った。
「ねえ、静刃ちゃん。そんなに寒くしてて、苦しくない?」
「“寒さ”は物理現象。主観的な感覚には関与しません」
「じゃあ……“寂しさ”は?」
静刃の剣が一瞬止まる。
だがすぐに、その手が再び動く。
「任務に集中してください。関係ありません」
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──雪の日の帰り道。
ランドセルを背負った小さな静刃が、白い廊下を一人で歩いていた。
「おかえり」
誰も言ってくれなかった。
靴を脱いでも、部屋は真っ暗。
テーブルの上に置かれた冷たい食事。
テレビの音だけが響いていて、彼女の存在には誰も反応しなかった。
誰にも頼らずに、生きると決めた。
心を閉じれば、何も感じない。
感じなければ、泣かなくて済む。
「感情なんて、ただのノイズ……」
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今、目の前のこころが、まっすぐ彼女を見つめている。
「そんなの、ほんとに……幸せなの?」
静刃の指がピクリと震えた。
──ギギギッ!
氷の剣が強く握られ、重く太く変化する。
地面が割れ、雪の結晶が暴風のように吹き荒れる。
「ならば……この“寒さ”を、体感してもらいます」
「……っ!」
こころは腕で顔を覆いながら、冷気の中に踏み出す。
「痛くても、寒くても──わたしは、静刃ちゃんの“あったかさ”を信じてる!」
「うるさい!」
静刃の声が初めて、わずかに揺れた。
──氷の刃が地を割り、こころの足元を貫く。
ドレスの裾が裂け、膝に冷たい切り傷が走る。
けれど彼女は、微笑んだまま、立ち上がる。
「大丈夫。冷たくないよ。だって、手が、ちゃんと“生きてる”もん」
「やめて……来ないで」
静刃の背後に、巨大な氷の棺が出現する。
まるで彼女自身の心の墓標のように。
「これ以上、“わたし”を開かないで……!」
叫ぶように、氷の魔力が暴走する。
広場全体が白銀に染まり、吹雪の檻に閉ざされる。
「凍って……ぜんぶ、凍ってよ……っ!」
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吹雪のなか、ゆっくりと歩く影がある。
こころだった。
顔は傷だらけ。頬は赤く、唇がかすかに震えている。
「痛い……し、寒いよ……」
静刃が目を見開く。
「だったら、どうして……!」
「それでも、ここにいるのはね……」
こころは、白いマントを風になびかせ、ドレスの裾を揺らす。
「──静刃ちゃんに、“あったかいよ”って言いたいから」
その瞬間。光が爆ぜた。
──イケ女子モード。
ドレスのシルエットが変わり、マントは翼のように広がる。
髪は風に踊り、白銀の刺繍が光を集める。
表情は柔らかく、でも揺らがない。
「凍えた心を抱きしめるのが、わたしの光──プリズム・リュミエール!」
こころは吹雪のなか、まっすぐ静刃に手を差し伸べる。
「静刃ちゃん。あなたの手、冷たくないよ」
「……嘘」
「ほんと。だって、わたしの手、ちゃんと震えてるもん。ほら」
こころは静刃の手を取り、そっと自分の胸元に当てた。
「ね? あたしの心臓、ちゃんと“騒いでる”よ。静刃ちゃんのことで」
静刃の唇がわずかに開く。
「そんなの……ノイズじゃないの……?」
「ううん。それは──音楽になる」
静刃の瞳から、涙がこぼれた。
「わたし、ほんとは……誰かの“ただいま”を待ってたのかも……」
「うん。じゃあ──おかえり、静刃ちゃん」
こころはゆっくりと手を添え、もう片方の手で、顎をそっと持ち上げる。
「誓うよ。あなたの心がもう、凍りつかないように」
目と目が、静かに重なる。
そして──キス。
深く、優しく、凍てついた心に灯るように。
まぶたを閉じた静刃の頬を、白い光がそっと照らしていた。
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【CMアイキャッチ】
幻のチャペルの中、氷のドレスを纏った静刃がそっと目を閉じる。
こころがその頬に手を添え、もう片方の手で顎を引き寄せる直前。
《静刃スレイド:光の花嫁ver.》
――「あたたかいって、こんなにも……騒がしいんだね……」
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凍てついていた公園に、あたたかな陽射しが差し込みはじめた。
吹雪はおさまり、白銀の結晶は静かに光へと溶けていく。
その中心で、静刃は呆然と立ち尽くしていた。
「……これが、“終わった”ってこと……?」
こころはそっと彼女の横に立ち、笑顔で頷く。
「うん。“はじまった”ってことでもあるかも」
「なにが……?」
「静刃ちゃんの“あたらしい心”!」
ポン、と胸に手を置いて言われて、静刃は少し面食らった顔をした。
「あたしの……心……」
視線を落とすと、凍えるようだった手が、小刻みに震えていた。
それを、こころがすっと包み込む。
「それ、きっと“あたたかくなってる”んだよ」
静刃はそっと、自分の指先を見つめる。
震えは止まらない。でも、それが不思議と心地よく感じられた。
「ずっと、冷たいのが当たり前だと思ってたから……」
「うん。だからこそ、今の静刃ちゃんの手、すっごくやさしいよ」
こころの笑顔は、春の日差しみたいだった。
「……そんなこと言われても、どうすればいいか、わかんないよ」
「じゃあ、まずは──」
こころはくるりと一回転して、ふわっとスカートをなびかせた。
「ピクニック、しよ!」
「……は?」
「さっき途中だったんだ〜! サンドイッチ、持ってきたの!」
「任務中に……?」
「任務じゃないよ。“まごころ活動”だよ!」
「……本当に、意味がわからない……」
けれど、静刃の声にはもう、冷気はなかった。
こころが広げたピクニックシートに、ふたりは並んで腰を下ろす。
まだ少し冷たい芝生。でも、陽ざしは確かに暖かかった。
「……その、たまご……もらっていい?」
「うんっ! 一番人気だよ〜!」
サンドイッチを渡すと、静刃はそれを少し眺めてから、そっとひとくち齧った。
「……あたたかくは、ないけど……」
「うん?」
「……味は、悪くない」
こころは、くすっと笑った。
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そのころ。
街の一角、閉店後の花屋の奥。
蔦に包まれたブランコに揺られている、もう一人の少女がいた。
毒草の花を髪に飾り、目元に艶やかな笑みを浮かべる。
「ふうん……ふたり目も、落ちたんだ」
彼女は、ゆらりと足を組み替える。
「おめかしして、キスされて……光に染まるなんて。
……あたしには、似合わないよね。ね?」
蔦がカーテンのように揺れ、彼女の姿を影に隠した。
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画面が切り替わる。
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【次回予告】
毒は、甘い。
笑顔の奥に、誰にも言えない傷と嘲りを隠した少女──
「わたしに触れたら、腐るよ? それでも……キスするの?」
──次回、第3話「毒を、愛と呼んでくれたなら」
「この手が“やさしい”って、ほんとに……思ったの?」
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