第47話 一方、勇者パーティーは

 魔族たちによる足止めを氷のロッドによって救われた勇者一行は、その翌日にドンサール海に面する漁村へ到着した。


「内海でも波があるし潮の匂いがするんだな」

 崖の上から海を一望した後、港へと向かう。

 船を出してくれるよう交渉するためだ。


 しかし、いい返事はもらえなかった。

 ドンサール海には巨大なクラーケンがいて、航行する船を軒並み襲うというのだから無理もない。

 周辺地域に住む彼らがただ手をこまねいてクラーケンを恐れていたわけではない。

 勇敢な海の男たちの中には、クラーケンをどうにか排除しようと奮闘する者もいたという。

 そして多くの尊い犠牲を出した結果、あきらめることにしたようだ。


 選択肢はふたつ。

 ひとつは、おとなしくあきらめて陸路で大回りするルート。

 もうひとつは、船を買うか借りるかして自分たちだけで出航するルート。

 もちろん後者を選択した場合はクラーケンとの戦闘が不可避となるが、前者を選択すると「勇者パーティーはクラーケン被害に苦慮している漁村を見殺しにした」との悪評が立つ恐れがある。


 つまり、いずれにしろクラーケンとの戦闘は不可避というわけだ。

 クラーケンを倒さなければ先には進めない。

 それに、困っている人たちを助けたいという気持ちだって、正義感の強い四人はもちろん持ち合わせている。


「戦うしかないよな」

 勇者の言葉に、残りの三人も頷いた。


 王城を出る時、エドガー王太子から「無理は禁物だ」と言われた。

 その通り、勇者が死んだらそこで魔王討伐のミッションが失敗に終わることは四人ともわかっている。

 しかし――。


「俺たちは強い。女神様の加護もある。だから大丈夫だ」

 勇者のいつものセリフに、賢者はまたそれと内心苦笑した。

 その一方で、氷のロッドが天から降ってきたことに関しては、まさに女神の御業だと思ったものだ。

 

「船を手放そうと思っている人はいませんか!」

 勇者は聞き方を変えた。

 クラーケンのせいで船が動かせないなら、処分したがっている者もいるだろう。


「燃料は空だし、かなり古い船でもいいなら」

 と手を挙げてくれた村人がいて、その申し出に勇者たちは飛びついた。


 今後の旅路に欠かせない物資と馬四頭を運べそうなスペースがある船だった。

 これで十分だ。


 クラーケン討伐を果たした暁には新しい船が買えるぐらいの金額を提示した。

 相手はかなり驚いていたが、大きな出費は王城のほうへ請求を回してもらってかわまないと王太子に言われている。

 燃料はなくてもかまわない。

 なぜなら、精霊の羽があるからだ。


 水の精霊の加護を受けた船は、頑丈になる上に燃料がなくてもかなりのスピードで航行できるという。

 賢者の魔法のおかげでどうにか乾燥を免れた妖精の羽を船首に貼り付けた。

 その直後、船全体が一瞬まばゆい光に包まれる。


「おおっ、すごいな」

「新品のようになったぞ」


 勇者たちは、これで航行は大丈夫だと確信した。


「さあ、出航だ!」

 勇者の高らかな掛け声とともに、船はゆっくりと動きはじめた。


 朝陽を浴びながら海をすべるように進んで行く勇者パーティーを見送ってくれたのは、船を譲った男ひとりのみだった。

 

 

 斥候の操舵で対岸を目指す。

 船での旅は、途中までとても順調だった。天気も風向きも問題ない。

 本当にここにクラーケンが棲んでいるのか……? 四人全員がそう思いはじめた時だった。


 突然、空が真っ黒な雲に覆われたと思ったら、船が大きく揺れた。


「来たか!?」

 パラディンが賢者を守るように前へ出る。


 盛り上がった海面から、吸盤のついた足が三本ヌルッと出てきた。

 足だけでかなり太くて長い。

 その足で船体をからめとろうとしている。


「クラーケンだ!」

 勇者が叫ぶと同時に、雷鳴が轟き雨が降りはじめた。先ほどまでの快晴が嘘のような悪天候に変わる。

 船上での戦闘は四人とも不慣れだが、仕方ない。


 荒波に翻弄されながらも勇者はどうにか踏ん張って、クラーケンの足に斬りつけていく。

 甲板の反対側では賢者が魔法で、パラディンが剣で攻撃している。

 どうにか戦えているものの、互角かといえば相手はまだ足しか出していない状態だ。


「クソッ、きりがないな」

 斬っても斬っても海面から足が伸びてくる。

 

 風雨が強くなって視界も悪い。

 頭上でバリバリと嫌な音が響き、顔を上げるとマストが一本折れていた。

 振り回されたクラーケンの足にやられたのだろう。


「水の精霊の加護もクラーケンには敵わないのか……」

 焦りが募り、勇者の瞳が揺れる。

 先代の勇者は、この局面をどう切り抜けたのだろうか。

 

 ここで、船が大きく傾いだ。

 クラーケンの体がついに海面から姿を現し、目をギョロギョロ動かして勇者たちを見ている。

 このまま体重をかけて船を海中に引きずり込む気でいるのだろう。


「くっ……!」

 勇者たちは、海に放り出されないように縁にしがみつくことしかできない。


 もはやこれまでか――そう覚悟した時、クラーケンの体に紫色の稲妻が走り、船に絡まっていた足が離れていく。

 何が起きたか理解する前に、クラーケンは海に沈み船はバランスを取り戻した。


「雷に打たれたのか……?」

「そんなことあるの?」

 パラディンと賢者は、海面を見つめている。

 

「だとすれば、女神様のいかづちだな」

 勇者は雲間から差し込む陽光を見上げながら祈りを捧げた。

「女神様、ありがとうございます」


「どうにか進めそうだ。一気に行くぞ」

 斥候の明るい声が響く。


 勇者パーティーは振り返ることなく、対岸を目指したのだった。

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