第44話 ドンサール海にて3

 ドンサール海に面した漁村は、大賑わいだ。

 長年、漁船や渡船の航行を邪魔していた憎き魔物クラーケンがついに倒された。

 そのことに、みんなが歓喜している。


「これでやっと安心して漁に出られるな!」

「対岸に住む親戚に気軽に会いに行けるようになるわね」


 村人たちが手に手を取って喜びを分かち合う中で、ただひとりローゼリンデだけは魂を抜かれたように茫然と立ち尽くしている。

「エクスカリバー様……勇者様……」

 と、涙ぐんで繰り返し呟きながら。


 マーブルが鼻先をこすりつけて慰めようとしているが、いまのローゼリンデには効果がない。

 王城を発って一カ月近く経つだろうか。

 ただ、勇者が忘れた聖剣を届けたい一心だった。

 ありがとう、助かったと言って笑ってほしかった。


「それなのに……!」

 もちろん責任なら大いに感じている。あの瞬間どうしてうまくいくと信じてしまったのかと、己の思い込みの激しさを呪わしいとも思っている。

 ローゼリンデはマーブルの首にもたれかかってうなだれる。


 大事な大事な聖剣を失ってしまった。

 一縷の望みがあるとすれば、海に潜って回収することだ。

 いまならまだクラーケンの亡骸が潮に流されることもなく、あの場所に留まっているだろう。


 しかし、聖剣の重さで水中では浮上できないことなら、精霊の泉で身をもって知っているローゼリンデだ。

 海底で聖剣を見つけたとしても、自力で引き揚げることはできない。


「終わりましたわ。最悪ですわ……」

 

 柄になくネガティブな言葉を吐き出すローゼリンデの耳に、村人の大きな声が飛び込んできた。


「おーい、船を出すぞー! 乗るヤツはいるかー?」


 ローゼリンデはハッと振り返る。

 クラーケンの脅威が去って、さっそく出航する船があるのだろうか。


(どのあたりにクラーケンが沈んでいるか、わかるかもしれませんわ!)

 

「乗ります!」

 

 咄嗟に手をあげ、マーブルを漁港に預けて船に乗り込んだ。


「嬢ちゃん、あんた役に立たなさそうだな」

 甲板で髭面の船長がローゼリンデのつま先から頭まで視線を走らせ、フンッと鼻を鳴らす。


「そんなことありませんわ。何をすればよろしくて?」

 勢いで船に乗ったものの、どこへ行くのか、何をするのかさっぱりわからない。


「何って、漁にきまってんだろ」

「まあ! 初めての体験ですわ。頑張りますっ!」


 ふんすと胸を張るローゼリンデに、船長はため息をつく。

「勘違いしているようだが、クラーケンを引き揚げるんだ。あんたに何ができるって……」

「クラーケン!?」


 船長の言葉にかぶせるようにローゼリンデが反応して、ずいっと迫った。

「クラーケンの亡骸のことですわよね?」

「ああ、そうだ」


 戸惑う船長をよそに、ローゼリンデは歓喜した。

 クラーケンの亡骸を引き揚げるのなら、聖剣も一緒のはずだ。


(エクスカリバー様を取り戻せますわ!)


「あのなぁ」

 船長が呆れた声をあげる。

「どういうことかわかってんのか? 海底に沈んだクラーケンに縄をかけて引っ張るんだ。潜ってその作業をするヤツと船上で縄を引っ張るヤツにわかれるから、人手はいくらでもほしいけどよお。あんたみたいなお嬢ちゃんに何ができるって……」


 ローゼリンデは船長の言葉の途中で、その大きな手をガシっと握った。

「わたくし泳ぐのが得意ですので、潜水係を希望いたしますっ」

 

 周りで聞いていた者たちも、この噛み合っているようでまったく噛み合っていないやり取りに耳をそばだてハラハラしていた。

 あんな育ちのよさそうなお嬢様には、何もできっこないと思い込んでいたのだ。

 チームワークが乱れれば足手まといになり作業効率が落ちる。しかも、息をつめての海底での作業は常に死と隣り合わせだ。


 足手まといになるようなら、おとなしくしていること。怪我をしても死にそうな目に遭ってもすべて自己責任であることを約束して、ローゼリンデの参加が認められた。


 しかし彼らのその懸念は、完全なる杞憂に終わった。

 ローゼリンデは宣言通り、潜水作業で大活躍したのだ。


 最初に潜った時、すぐにクラーケンに刺さっている聖剣が見えて、彼女のやる気が爆上がりしたのも大きな理由だった。

 海水は高い透明度を保ち作業しやすい。

 クラーケンが人間たちを拒んでいたおかげで汚染されなかったのだとしたら、なんとも皮肉ではあるが。


 クラーケン引き揚げの最大の功労者であるローゼリンデは、その報酬として聖剣を所望した。

 船長をはじめ参加者全員が快諾し、聖剣は再び彼女のもとへ戻ったのだった。


「もう二度と投げたりなどいたしませんわ!」

 ローゼリンデがギュッと抱きしめると、聖剣はやれやれとでも言いたげに一度だけポワンと光ったのだった。

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