第40話 精霊の泉にて2

「マーブル。あなたもしかして、ガルーダさんの巣でお留守番中に聖遺物を食べましたの?」


 それ以外考えられない。

 雛鳥の代わりとして悪魔を捕獲するために、しばらくマーブルを巣に置いていた。

 キラキラ光る宝の山が美味しそうに見えたのだとしても不思議ではない。

 呑み込んでお腹の中にあるから、所持しているとみなされたのだろう。

 

 ローゼリンデは青ざめながらマーブルに告げる。

「後でペッ!しなくてはなりませんことよ」

(体に毒かもしれませんわ。ここを出たら早めに吐き出させなければ!)

 

 彼女はいたって真面目に言っているのに、どういうわけか水の精霊とマーブルは呆れたように首を横に振っている。

 おまけに精霊は、

「おまえも苦労しているな」

と、マーブルに同情的な視線を向ける。

 意味のわからないローゼリンデは、首を傾げるばかりだ。


「まあよい。ちなみに羽は先日小僧に渡したばかりだ。だからおまえに渡すことはできん」

 精霊が羽をパタパタさせる。

 重なり合っている羽の一か所に、不自然な隙間がある。短期間にこれ以上羽を失うのは嫌なのだろう。


 もとよりローゼリンデは、精霊の羽をもらうためにここへ来たわけではない。

 たまたま落っこちてきただけだ。

 勇者が予定通りそれを入手できたのなら、こんなに喜ばしいことはないとローゼリンデは思う。

 

「羽は必要ありませんわ。そんなことよりも、勇者様がここにいらしたのですね! さすがですわ」


 パチパチ拍手をするローゼリンデを見て、水の精霊がフンッと鼻を鳴らす。

「あまりあの小僧を甘やかさぬほうがよいぞ」


「甘やかす……?」

 勇者を甘やかしたことなどあっただろうかと、ローゼリンデは再び首をひねる。

 そもそも、ひと月前のパレードで見送ったきり勇者とは顔すら合わせていないのに。

 

 まるで水の精霊と、難解な問答でもしているような気分だ。


(でも、忘れ物を届けようとしているのは甘やかしていることになるかもしれませんわね……?)


「わたくしはただ……」

 ローゼリンデは、思わず言葉にして漏らす。

「勇者様に忘れ物を届けて、笑顔を拝見したいだけですわ」


 よくぞ届けてくれた、ありがとうと、笑ってもらいたいだけだ。


 すると水の精霊は、驚いたように目を大きく見開いた。

 的外れなことを言ってしまっただろうかとローゼリンデが焦っていると、精霊は突然笑いはじめた。

 大量の鈴が一斉に音を奏でるように澄んだ高い音色が響き渡り、泉がキラキラと光る。


「なんだ、そういうことか」

「そういうこととは、どういうことでしょうか?」

 水の精霊はひとりで納得しているようだが、ますます意味のわからないローゼリンデは戸惑うばかりだ。

 

「あの小僧も同じことを言ったのだ。いま一番したいことを正直に答えろと尋ねたら『ロージィの笑顔が見たい』とな」

 リリリと水の精霊が笑って目を細める。

「おまえにバラしたことは、あの小僧には内緒だぞ」


「……まあ! 勇者様がそんなことを?」

 ローゼリンデの心臓がドキンと跳ねた。

 勇者が自分の笑顔を見たがっている――彼はいったいどんな顔で、どんな声色でその告白をしたのだろうか。

 想像しただけでローゼリンデの顔が真っ赤に染まった。

 両手で胸を押さえてもドキドキが止まらない。


 泉はまるで、ローゼリンデの心と連動するかのように輝きを増している。

 水の精霊が満足げに頷いた。

「水が希望に満ちて浄化された。感謝する」


 ずっと居丈高でこちらを小馬鹿にしたような態度だった水の精霊にお礼を言われて、ローゼリンデはギョッとした。

 しかも精霊は、何やら聞き捨てならないことを言っていやしなかったか。

 

「泉の水は、人間の希望で浄化される仕組みなのでしょうか?」

「たいした変化もない悠久の時を過ごす我らと泉が『たゆまぬ希望の象徴』とされているのは、おかしいと思わぬか? そんなに新鮮な心持ち、長らく過ごしていられるはずなかろう」

 水の精霊がにやりと笑った。

「こうやって稀にやってくる人間どもから、輝く希望をお裾分けしてもらっているのだ。小僧は久々の訪問者だったゆえ、少々もらいすぎてしまったがな」

 ローゼリンデの来訪は、水の精霊にとっても想定外だったのだ。


 精霊の泉を清らかに保つには、人間の明るい希望やときめきが必要。

 その一助となれたことを、ローゼリンデは誇らしく思う。

「これからも、たゆまぬ希望の象徴として清らかさを保ち続けてくださいまし」

 両手の指を組んで祈りを捧げると、泉は再びキラキラ輝いた。


「おまえは、良くも悪くも希望が溢れすぎているな」

 水の精霊が失笑する。

 

「夢見がちとは、よく言われますわね」

 主に兄王子たちとメイドに。

 それはそれで悪くないと思うローゼリンデだ。


「おまえなら、いつここへ来ても歓迎してやろう」

「――!」

 それは精霊に認められた者になったという解釈で合っているだろうかと、ローゼリンデが息を呑む。

 だとすれば、こんなに光栄なことはない。

 

「わたくしがお役に立てるのでしたら、いつでも!」

 

 しかし、その隣でマーブルが不満げに鼻を鳴らした。

 水の精霊がニヤニヤしている。

「安心しろ。なにも無償で希望を吸い取りまくるとは言ってない。人間でいうところのギブアンドテイクとやらをすればよいのだろう?」


 マーブルが自分の身を案じてくれたのだとわかり、ローゼリンデは感謝を込めてそっとたてがみを撫でた。


「あの小僧の所まで飛ばしてやろう。今回はそれでどうだ?」

「助かりますわ! もちろんマーブルも一緒ですわよね?」

 ローゼリンデは、この願ってもない申し出を条件付きで了承した。


「もちろんだ。一緒に送り届けてやろう」

「ありがとうございます!」

 水の精霊とローゼリンデが笑顔を交わす。

「また会おう」

「ぜひともまたお会いいたしましょう。ごきげんよう」

 

 水の精霊が澄んだ高音で歌いはじめた。

 ローゼリンデとマーブルの体が薄い水の膜で包まれる。

 

 今度こそ勇者に会えるだろうか。

 会えたら笑顔で彼と対面しよう。

 どこかふわふわした気持ちを抱えて、ローゼリンデは目を閉じた。

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