第23話 試練の祠にて4

 ボン!と音がして、カエルの口から火球が飛び出した。


 ローゼリンデは盾を足元に置いて、聖剣をかまえた。

 いつもとはちがい、体の正面ではなく横にかまえる。

 

 真っすぐこちらへ向かって飛んでくる火球を、地面に落としてなるものかとロゼーリンデは聖剣で打ち返した。

 火球が進路を変え、湖に落ちてジュワ~ッと音を立てながら消える。


「わたくし、球技も得意ですのよ!」


 幼い頃、その相手をしてくれたのももちろん兄王子たちだ。

 ローゼリンデのかわいらしい顔に喜色が浮かぶ。

 火球は回数を追うごとにスピードを増すものの、ローゼリンデがそれらすべてを正確に湖へと打ち返した。


(楽しいっ!)


 ゲーム感覚で夢中になりすぎたのがいけなかった。

 ローゼリンデは足元が油まみれであることを忘れ、思い切り踏み込んでしまったのだ。

 ズルッと滑ったせいで火球を空振りする。

 

「しまった!」


 振り返って火球の行方を目で追う。

 地面に落ちれば、まちがいなく引火してしまう。


(もうっ! わたくしったら、いつもどうして……!)


 この間ほんの数秒だったが、ローゼリンデにはとてもゆっくり、スローモーションのように見えた。

 火球は、地面に置いていたユニコーンの盾に当たって跳ね返り、湖へと飛んで消える。


 ユニコーンの盾が奇跡を起こした。

 しかしホッとするのはまだ早い。ローゼリンデは気を引き締めなおして、石像のカエルが放つ残りの火球をすべて正確に処理したのだった。


 カエルの両側の松明が消えた。

 それでもしばらく聖剣をかまえつづけたローゼリンデだったが、どうやら終わったようだと判断して力を抜き、盾を拾い上げる。


「ユニコーン様とエクスカリバー様のおかげですわ。ありがとうございます!」


 洞穴の奥にはすぐ木の扉があった。


「またトラップかしら……」

 聖剣の先でドアノブを突っついてみる。

 しかし何も起こらない。


 すると、扉の向こうから笑いを含んだ声が聞こえた。


「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。開けてごらん」

 若い男性のようなテノールの声だ。


「嘘くさいですわ。騙されるものですか」

 ローゼリンデが拒否すると、あははっと笑い声が聞こえた。

 

「さんざんチョロく引っかかってきたくせに、急に慎重になったのかい? かわいいね」

 

 まるで、ここまでのローゼリンデの行動をすべて見ていたかのような物言いに警戒感が増す。

 黙ったままノブを見つめていると、勝手に扉が開いた。


 奥は部屋になっていて、とても明るかった。

 ずっと暗がりばかりを進んできたせいで眩しくて仕方ないローゼリンデは、目をすがめた。


「ようこそ、お嬢ちゃん」


 目が慣れたローゼリンデが部屋の中へ足を踏み入れる。

 さっきから軽口を叩いている男性は、部屋の中央に立っていた。長身の体にブラックタキシードを纏い、投げキッスをするようなキザなポーズをして。


 赤い目に銀色の髪。頭には二本のねじれたツノが生えている。

 悪魔だ。

 

「君、ホントに人間? この部屋へ辿り着いた最速記録を大幅に更新したよ。実に見事だった」

 悪魔が優雅に拍手をする。


 ローゼリンデは悪魔からの賞賛を無視して、部屋をぐるりと見回した。

 床、壁、天井すべて石で造られた小さな部屋だ。

 悪魔の背後に祭壇のようなものが見える。

 

「勇者様はどちらに?」


 すると、悪魔がプッと笑った。

「せっかちだなぁ。勇者たちは、まだここへ来ていないよ」

「そんな――!」

 

 つまりそれは、勇者パーティーがこの祠のどこかで呪いによって全滅したということだろうか。

 勇者を心配して青ざめるローゼリンデの様子がおもしろくないのか、悪魔はフンッと鼻を鳴らす。


「この祠はね、トラップをすべて回避して正規ルートで攻略していくととても時間がかかるんだ。でもトラップに引っかかりまくると、最短でここまで来ることができる。君みたいにね」

「まあ! そんな仕掛けになっていましたの?」

 ローゼリンデが目を丸くする。


「あの坊やたちは、まだ半分を過ぎたぐらいかな」

 

 この悪魔の口ぶりから察するに、勇者パーティーは無事のようだ。

 呪いで死んではいないらしい。

 ローゼリンデは秘かに胸を撫でおろしつつ、ある疑問に行きついた。


「ということは、トラップに引っかかるのが正解ってことですの?」


 すると、悪魔は呆れたように肩をすくめる。

「この祠は、トラップにかかるたびに攻略難易度が上がるように造られていてね。君みたいに連続でトラップにかかって無事にここまでたどり着けた者はいなかったんだよ?」


 ローゼリンデはここまでの行程を振り返って、なるほどと納得した。

 かなりの高さから落下して怪我をしなかったのは運が良かった。

 オオガエルに呑み込まれたのが聖剣ではなかったら、溶かされていたかもしれない。

 最後の石像のカエルの火球でも肝を冷やした。ひとつでも地面の油に落としていれば、火の海になってこの部屋にすんなりたどり着けなかったにちがいない。


 一方で、勇者パーティーがトラップを回避しながら慎重に進んでいるということは、安全で難易度の低い攻略となっているのだろう。


 ローゼリンデは、パッと顔を輝かせる。

「わかりましたわ! ではわたくし、ここで勇者様たちの到着を待たせていただきますわね」


「なぜ?」

 首を傾げた悪魔の薄い唇が、意地悪そうに弧を描く。


「え?」

「なぜ僕は君の味方だと思われているんだい?」


 悪魔の声が低くなったと同時に、部屋の空気が一変する。

 身の毛がよだつような気配に驚いたローゼリンデは、右手に持つ聖剣をかまえ――ようとしたが、なぜか腕が上がらない。


「どういう……ことですの……?」


 悪魔が赤い目を細めて、喉をくつくつと鳴らした。

 

「君の影を縛らせてもらったよ」

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