第11話

「公爵は、どうして嘘をついたんだろう?」


 チャーリーは、丘を下りつつ言った。わたしに尋ねたわけではなく、自分自身への問いのようだ。


 彼にしてみれば、ハンニバル公爵に初めて嘘をつかれ、ショックだったのかもしれない。


「そうね。公爵は、いつも誠実だから。事情があるのよ。しばらく、だまされたフリをしましょう」


 チャーリーは、答えなかった。頭ではわかってはいるものの、心ではなかなかそうはいかない。


(ハンニバル公爵は、わたしたちにたいしていつも誠実だわ。しかし、わたしたちはそうじゃない。チャーリーは、そのことも頭ではわかっている。だけど、心ではわかっていない。いつも罪悪感を抱いている。それは、すべてわたしの責任。しかも、わたしはそのチャーリーにたいしても誠実ではない。ほんと、わたしってばとんでもない悪女だわ)


 もう何百回目かに苦笑してしまった。


「さっ、急いで帰りましょう」

「うん」


 この話は「もう終わり」とばかりに、丘を駆けおりはじめた。



「マキ、魚のシチューと肉のシチューはまだかい?」

「マイケル、もうちょっと待って。先にサラダを持って行って」


 今夜もまた、「日和見亭」は大盛況。酒目当ての男性客やマイケル目当ての女性客はもちろんのこと、家族連れ客や孤児院の子どもたちも夕食を愉しんでいる。


「日和見亭」は、夜は酒も提供する。しかし、食べに来るのに年齢制限はない。男性やレディにかぎらず、酒を飲む客には節度を守ってもらう。子どもたちに不適切な言動があった場合、迅速にひきとってもらう。というか、店から放り出す。だから、家族連れや子どもたちにも安心して利用してもらえる。


 チャーリーに手伝ってもらうのも、ほんとうは気がひける。昼間はかまわないが、夜に酒を運ばせるのは、姉としてだけでなく人間としてやってはいけないことだ。だから、チャーリーがある程度の年齢になるまでは、彼には家族連れや子どもたちを接客してもらっている。


 というわけで、大盛況の今夜もマイケルとチャーリーと三人では手がまわらない。暗黙の了解で数名の常連客が手伝ってくれ、なんとか乗り切ることができた。


「マイケルが来てから、ますます忙しくなったな」

「遠くの町や村からもレディたちがわんさとやって来ているぞ」

「うちのかあちゃんだって、週に一、二度は食事を作るのをやめたいって言いだした。『毎日、汗水流して働いているんだ。週に一度か二度は、ゆっくりさせておくれよ』、なんて言ってるが、じつはマイケル目当てだってことはわかってるんだ」


 常連客の中でも最古参のマイクとクロードは、葡萄酒の入ったコップを左手に肉の塊を頬張りつつ、話をしている。


 彼らは、今夜もまた手伝ってくれたのだ。だから、店が終わってからゆっくり食事をしてもらった。もちろん、すべて店のおごりである。


「ぼくとしては、マイケルのお蔭でレディと出会えるかもしれない」


 そうつぶやいたのは、マイケルの先生のブレンダン・ノーフォークだ。彼は、このハンニバル公爵領の唯一の学校で教鞭をとっている先生なのだ。


 シャイすぎる上に学校には大人の男性しかいないので、出会いがないらしい。


 たしかに、この辺境の地で出会いを求めるのは難しい。


「出会いっていっても、みんなマイケル目当てよ?」


 みんなを代表し、素朴な疑問をブレンダンにぶつけた。


「それでもいいんだ。どうせマイケルは、レディたちを相手にしないだろう? マイケルのことを諦めただれかが、チャンスかもしれない」


(『人の褌で相撲を取る』とか『他人の念仏で極楽参り』的なこと?)


 ブレンダンの強引な理屈に、クノイチだった頃の言葉が思い浮かんだ。


「まぁ、がんばってよ」


 生真面目なチャーリーが彼自身の学校の先生にツッコむ前に、話題をかえた。


 チャーリーのような子どもでさえ、ブレンダンが痛すぎる理想論者であることはわかっているだろう。


「ところで、マキ。以前、森に見かけない連中がいただろう? ほら、ブラックベリーの時期だよ」


 マイクが話題をかえた。しかも、気になる内容の話題だ。


「マイク、覚えているわ。連中なら、森で会ったわ」


 わたしがここでこうして生活するのに、モットーというか鉄則というものがある。そのひとつが、できうるかぎり虚言を弄さないことだ。というか、できうるかぎり真実に近づけることである。


 もっとも、わたしの存在そのものを嘘で塗り固めている。だから、より真実に近づけることを心がけている、といった方がいいかもしれない。


 いまもそう。例のクインテットと遭遇したことは真実。ただ、連中とやり取りがあったことやクロに追い払わせたことは伝えなかっただけ。


「あの連中がどうかしたの?」

「また見たんだ。この町でな」


 おもわず、マイケルと目を見合わせていた。


「連中、だれかを捜しているんだろう。町の者に尋ねることはしないが、そういう感じがする。それに、こんな町に二度も現れるなんて、尋ね人目当てとしか考えようがない」


 クロードは、得々と語った。


「役人かな? それとも、悪人?」

「王都から領地のことを調べに来ている監察官ってこともあるぞ」

「だったら、これみよがしに剣をぶらさげてやしないさ」


 マイクとクロードが言い合いをし始めた横で、マイケルが真面目な表情で空になった皿を見つめている。


「明日、ハンニバル公爵が食事に来てくれるの。彼に相談してみるわ」


 それで話を打ち切った。


 この件でみんなを巻き込みたくないからだ。

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