第7話
マイケルと出会い、彼がわたしたちとの生活や食堂の仕事に慣れた頃、ハンニバル公爵が王都から戻ってきた。
ベンジャミン・ハンニバル公爵は、外見も内面も渋カッコいい。彼は、公爵でありながら気取ったところや尊大なところがまったくない。それどころか、みずから領民たちと一緒に汗水流す。そんな彼が、領民に慕われないわけはない。ということは、そういうことをぜったいにしない王侯貴族からは嫌われるということだ。というわけで、領民至上主義のハンニバル公爵は、王族や貴族たちから「変わり者」と呼ばれて嫌われている。とはいえ、彼もまた王侯貴族を嫌っている。さらには、王都での生活や社交界での付き合いを拒否しまくっている。
というわけで、彼は自領での田舎暮らしを満喫しまくっているのだ。
ハンニバル公爵とは、わたしたち姉弟がここにやってきたときからの付き合いである。食堂兼住居を世話してくれたのも、彼である。開店の準備や仕入れ先もまた、彼に助けてもらった。生活においても同様で、町に溶け込めるよう尽力してくれた。
ハンニバル公爵は、チャーリーの才をいちはやく見抜いた。そして学校の手配だけでなく、勉強するためのあらゆる物資を準備し、さまざまな可能性を示してくれた。というか、それはいまでも継続中だ。
そんな彼に感謝するとともに、ありがた迷惑だと感じることがたまにあるのは、贅沢なことなのだろう。
そんな彼に会いに行くことは、チャーリーとわたしにとってある意味では兄に会いに行くようなものだ。
「チャーリー、バスケットは重くない?」
「大丈夫だよ、姉さん。なにせ鍛え方が違うからね」
ハンニバル公爵の屋敷は、見晴らしのいい丘の上にある。彼に会いに行くときは、いつもたくさんの料理を作って持っていく。変わり者の彼は、使用人を置いていない。以前、ハンニバル公爵家で働いていたランドルフ爺さんと彼の妻がときどき訪れていたが、ランドルフ爺さんの調子が悪くなってからは、それもできなくなっている。というわけで、ハンニバル公爵は食事は「日和見亭」にすませるか、チャーリーが運んでいる。掃除や洗濯は、ハンニバル公爵が自分でやっているのだ。
この午後も、バスケットにいっぱい料理を詰め、それをふたりで両手にひとつずつ持って運んだ。
マイケルは、今回はお留守番だ。彼には、食堂に残ってディナータイムの下ごしらえをお願いした。
「最近は、マイケル相手に鍛えているものね」
マイケルがやって来てから、チャーリーはますます立派になった。これは、姉バカのせいではない。実際、彼は心身ともに目に見えて成長している。
マイケルがチャーリーに教えているのは、剣の遣い方や勉強だけではない。心の在り方や一般常識や礼儀作法まで、わたしの不得意な分野を教えてくれている。
チャーリーは、もうすぐ九歳になる。彼は、いまや王都の貴族子弟以上の教養と作法を身につけているといってもいいだろう。
(このままでいいのか?)
長年、葛藤している。
(このままでいいにきまっている。いや。このままでなければならない)
ずっとあてどもない決意をしては、迷っている。
チャーリーの将来を考えれば、ハンニバル公爵の申し出を受け、彼の養子にしてもらった方がいい。そうすれば、チャーリーの前途は開ける。ハンニバル公爵家子息としてホルトン王国随一の学校で学べば、そのあとはいくらでも選択肢ができる。ハンニバル公爵がいくら「変わり者」であっても、その影響力はすさまじい。彼を後ろ盾にすれば、ホルトン王国をも動かせ地位に就けるかもしれない。
チャーリーには、それだけの能力がある。彼には、それだけの資格がある。
けっして、ここで終わらせてはならない。わたしのワガママで、朽ち果てさせるわけにはいかない。
「姉さん、どうしたの?」
いつの間にか足が止まっていた。チャーリーのカッコ可愛い顔が、わたしのごく平凡な顔をのぞきこんでいる。
「ごめん。今夜の『日和見亭』のメニューの追加を考えていただけよ」
「姉さんらしいね。この丘をのぼっているとき、いつもそうじゃないか」
「そうだっけ?」
そう。ハンニバル公爵邸へと向かうこの丘の道上、必ずチャーリーのことを考えてしまうのだ。
「さっ、公爵に餌を持っていかなきゃ、でしょう?」
「餌って……。たしかに、公爵の食べる勢いは獣だけど」
ふたりで大笑いしているうちに、ハンニバル公爵邸に到着した。
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