第2話

八年後 ホルトン王国


「ただいま、姉さん」

「おかえり、チャーリー」

「姉さん。ランドルフさんのところに持っていくもの、準備できてるかい?」

「いつも悪いね。ほら、そこのバスケットよ。おっと、帰りにメリッサのところでチョコレートでも買って、みんなのところに持っていきなさい」

「わかった。行ってくるよ」


 チャーリーを見送ると、常連客が話しかけてきた。


「チャーリーは、ほんとうにいい子だな」

「それに、村一番の秀才だ」

「あの子みたいなのを、神童というんだ」


 弟が褒められるのは、素直にうれしい。


「でしょう? わたしの自慢の弟だから」


 いつものように胸をはり、拳でそこを叩いた。


 あいにく、わたしの胸は、でるところがでていないどころか筋肉だらけである。しょうしょうのことなら、痛くもなんともない。


「マキは、ほんと親バカだな」

「いや。彼女みたいなのは、姉バカっていうんだ」


 常連客たちは、いっせいに笑った。


 わたしは、自他ともに認める姉バカなのだ。


「チャーリーのことをほめてくれたみんなに、焼き立てのアップルパイをご馳走するよ」

「やった!」

「ああ、くそっ! チャーリーのことをほめるのは、夜にすべきだな」

「いえてる。マキの焼くアップルパイは最高だが、彼女特製のベリー酒はもっと最高だからな」


 盛り上がる常連客に焼き立てのアップルパイを配りながら、自分でもお人好しすぎると苦笑した。


 というか、チャーリーのこととなると、ついつい気がおおきくなってしまうのだ。


「マキ。ベリー酒といえば、最近ブラックベリーを摘みに行ってるんだろう?」

「ええ、マイク。いまが時期ですもの。このあとディナータイムまで店を閉めて、ブラックベリーを摘みに行くつもりよ」

「ブラックベリーといえば……」


 常連客でも最古参のマイクは、隣のクロードと顔を見合せた。


 彼らは、毎日来てくれる。そして、手伝ってくれるのだ。


 なにせこの「日和見亭」は、このハンニバル公爵領でも一番と名高い食堂である。ランチタイムとディナータイム。どちらも行列ができるほどの人気を博している。それをわたしとチャーリーとで切り盛りするのは難しい。そのため、見かねた常連客たちが手伝ってくれるのだ。


『人を雇えばいいだろう』


 常連客だけでなく、ほとんどのお客さんが口を揃えて言う。


 が、いまのところそのつもりはない。


 というか、できるだけ人は雇いたくない。


 他人の手を借りずとも、女一匹で食堂を経営できるという自信があるからというだけではない。いろいろと大人な事情があるのだ。


 だからこそ、お客さんをできるだけ待たせないよう、あるいは充分なサービスが提供できるよう、日々努力はしている。


「ベリーの森によそ者がうろついていたんだ」

「マイクの言う通りさ。旅人でもなければ、狩人でもない。剣を帯剣している怪しげな連中さ。マキ、気をつけたほうがいい」


 マイクとクロードの説明に、うなじの辺りがザワザワし始めた。


 危険を感じたり嫌な予感がしたときに、かならず起こる昔からの癖である。


「イヤね。盗賊団かしら? だけど、心配しないで。わたしの腕っぷしの強さは、知っているでしょう?」

「そうだったな。マキは……。えっと、なんだっけ? 年寄り体操だったか? 健康療法だったか? とにかく、ちょこまかと動いて手足をバタバタさせるのが得意だもんな」


 マイクが言うと、またみんなが大笑いした。


「失礼ね。あれは、遠い大陸の昔の体術なのよ。もっとも、いまはもう健康のための運動になってるみたいだけど。とにかく、忠告に感謝するわ。チャーリーにも行ってもらうし、大丈夫だと思う。というわけで、みんな、アップルパイを食べたらひきとってちょうだい。また明日、待ってるわ」


 食堂の店主が、客に向って「ひきとってちょうだい」なんてこと言うのはありえない。だけど、わたしだから許される。というか、許すことしてもらう。


 常連客たちが引き取ったタイミングで、お使いに行ったチャーリーが戻ってきた。


 遅いランチを立ったまま貪り、チャーリーとふたりでベリーの森へと出かけた。

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