第4話

 昼休み。

 いつものように、屋上でお弁当を食べている私たち。愛理に昨日のことを聞いてみた。



「ねぇ。どういうつもり?」

 そう言った私に、愛理は「へ?」という顔をして見せた。

「だから、昨日のこと!私と倉沢をくっつけようとしてる?」

「ああ。そんなつもりはないけど、他にも目を向けてもいいんじゃないかなって」

 愛理はほんと分からない時がある。

「だって。そうじゃない。瑠璃は博にヤキモキさせられてるんだよ?だったら瑠璃が逆に、ヤキモチ焼かせたっていいじゃないの」

「その為に倉沢を利用してもいいって?」

「そういう訳じゃ…」

「大丈夫だよ。私は…」

 そこで言葉が止まった。


 大丈夫じゃない。

 昨日のこと。


 愛理を教室に置いて、帰る途中。大好きな博くんに電話した筈が、その携帯に出たのはあの子で。

 博くんを諦めなって言われて。

 心が壊れそうになってしまった。



 そんな私を救ってくれたのは宮下先輩。宮下先輩は、無理に話を聞こうとはしなかった。



 そのことを思い出した私は、涙を流していた。昨日、散々泣いたのにまだ涙が出るんだって、そのことに驚いた。



「瑠璃……」

 泣き出した私を宥めるように、肩を抱いた。

「私、博に会ってくるよ。会ってちゃんと言ってくる。瑠璃の彼ならしっかりしてって」

 そう言ってくれた愛理に「やめて」と訴えて、無理に笑顔を作った。

「ごめん……泣いたりして……」

 そう声を出すのが精一杯。もう何も言えなかった。



「瑠璃……」

 涙が止まらない私の手を取り、教室へと向かう。そして教室の入り口まで来ると、私に向かって言った。

「サボろ!」

 と、廊下に私を置いて教室へ入る。

 まだ昼休みでザワついていた。

「愛理!帰るの~?」

「ちょっと瑠璃が体調悪いから、家に送ってくる。先生にそう言って」

 愛理はクラスメートにそう告げると、私のカバンと自分のカバンを持って出てきた。

 そして私の手を掴んだ。そのまま、下駄箱まで走って行った。

 愛理に手を引かれ、学校の外に出る。何も言わずにバス停まで歩いて行く。

 私はどうしたらいいのか分、からなくなっていた。



「あ、愛理っ」

 私は愛理の名前を呼んだ。

 それに振り返ると、愛理はとびっきりの笑顔を私に向けてきた。

「たまにはいいでしょ」

「でも……」

「いいから、黙って私の言う事を聞く!」

 小さく叫ぶと愛理は、バスが来るのを待っていた。私はそんな愛理に負けて、隣で黙って待っている。

 暫くして、バスストップにバスが到着した。そのバスに乗って、私たちは懐かしい場所へと向かっていた。

 私が4年間住んでいた、愛理たちと過ごした町。



「愛理……」

 バスを降りた私たち。

 愛理は私に振り返り笑った。

「学校、行こっ」

「え」

「榛南中に」

「榛南中って……まだ授業中だし、サボってきたの、バレるし」

 モゴモゴと言ってる私に「意気地なし」と言った。



 意気地なし。

 そうかもしれない。

 だけど私は、学校をサボったりすることが出来ないヤツなんだ。愛理が一緒じゃなきゃ、絶対サボらないと思う。

 ましてや、まだ授業をしている中学に顔を出すなんてこと、しないよ。

 でも、愛理はお構いなしでドンドン榛南中へと向かって行った。懐かしい道を歩いて、あの頃に戻っていくみたいだった。


 昔、登校していた道を歩いて。この道で起きた、いろんなことを思い出していた。




「懐かしいでしょ、この道」

 愛理が私に笑いかけた。この道では私と愛理と万理、美奈に美紀。

 5人がよく通った道。

 登校する時、みんなが通る中間地点で待ち合わせて登校して。下校する時、部活がなければ、みんなでその中間地点まで歩いて行く。

 それが当たり前のことだった。

 卒業まで続くと思っていた。



「最後にこの道を通った時……」

 ポツリと私は呟いた。

「風もなくいい天気だったね」

 今でもそれは覚えている。

 終業式が終わって、次の日。みんなでまた学校へと向かった。先生がお別れ会をしようと言ってくれた。みんなと過ごす最後の日を、用意してくれてた。

「……懐かしい」

 空を見上げると、その時とは違う空の顔が私たちを見下ろしていた。



「瑠璃。行くよ」

 前を歩いていた愛理が、声をかけてきた。その声に導かれるように、私は歩いて行く。こうしてこの道を、また愛理と歩くなんて思わなかった。


 懐かしいこの町。

 ほんの2年前には住んでいた町。

 まだ覚えている。

 いろんなことを覚えている。



「愛理」

「ん?」

 前を行く愛理に声をかける。

「私、やっぱこの町が好きだなぁ」

 そう言うと振り返って笑った。

「私もこの町、好きっ」

 その笑顔がとても可愛くて、そしてなんだか安心する。愛理の隣まで行って、一緒に榛南中まで歩いて行く。それがなんだかくすぐったくて、泣けてくる。


 

 ここにいたかった。

 ずっと、この町にいたかった。



 学校が見えてきて、私は立ち止まる。

 グラウンドでは、体育をしている後輩たち。それがとても羨ましく思えた。

「さ。行こう」

 手を取り、愛理に連れられて正門を潜る。

 正門の脇はグラウンド。体育の担当の今井先生がこっちに気付き、授業を中断して走ってくる。

「あんた達、なんなんですか!一体……あっ!」

 今井先生は、私たちの顔を見て言葉が途切れた。

「あんた達。学校は?」

「今井ちゃ~ん。久しぶり♪」

 愛理はそう今井ちゃんに言ってる。そんな愛理に、今井ちゃんは呆れてため息を吐く。

「全く、清水は相変わらずだね。白井、あんたが清水と一緒に学校サボってくるなんて思わなかったよ」

「連れて来られたんですよ、今井ちゃん」

「あははっ。清水は強引だからね」

「うん」

「大沼先生なら、職員室にいる筈だよ」

 今井ちゃんはそう教えてくれた。

 そして「あまりサボるなよ」と忠告して来た。



 ここの学校の先生は怒る時はとことん怒るけど、とてもいい先生ばかりだ。きっと私の顔を見て、怒ることはしないで大沼先生の居場所を教えてくれたんだと思う。

 授業に戻って行った今井ちゃんの後姿を見て、相変わらずチャーミングな先生だなと感じた。そして愛理と職員室へと向かい、外から窓を叩いた。

 そこでもやっぱり、職員室に残ってる先生たちに驚かれた。



「お前たち、学校は?」

 技術科の大石先生に驚かれて、そしてサボったことを言うとやっぱり呆れられた。

「大沼先生。清水たちが」

 と、職員室の奥にいた大沼先生を呼んでくれた。大沼先生は窓までやって来て、私たちの顔を見て言った。

「どうした?」

「先生に会いに来ちゃった」

 愛理がそう言うと、目を細めて笑った。

「職員玄関から入っておいで」

 大沼先生はそう言うと職員室を出る。その姿を見て、職員玄関へと向かった。

 職員玄関の方には事務所があり、事務所のオバチャンたちとも仲が良かったから、びっくりされた。



「あらまぁ。よく来たわね」

 オバチャンがそう言うと、笑った。

「大沼先生に会いに来たの?」

「うん」

「そう。オバチャン、瑠璃ちゃんと愛理ちゃんの元気な顔が見れて嬉しいわ」

 事務所のオバチャンに、名前を覚えられてる私たち。

 それがなんだか嬉しかった。



「おう。清水。白井。早く来い」

 事務所で話していると、先生が顔を出した。その声に振り返って、先生の傍に行く。

「まったく、お前らは学校サボるなよ」

 軽く頭を叩かれ、そして視聴覚室へ向かった。職員室の上の階にある視聴覚室前に行くと、大沼先生が鍵を開けて中へと入る。

 その後に続いて愛理と私が入る。

「お前ら、どうした?」

 視聴覚室に入るなりそう聞いてきた。

「白井。お前、なんかあったんだろ」

「え」

「目、腫れてるぞ」

 先生はそういうところが鋭い。

 教え子のことをよく見ている。だから、生徒に愛されるんだ。

「大丈夫。先生の顔見たらなんか吹っ飛んだ」

「なんだ、それ」

 先生は笑う。本当に先生の笑顔は安心する。とても信頼出来るひと。

「まったく。これじゃ、私がここに連れてきた意味ないじゃん」

 横から愛理が呆れて言う。

「へ?」

「私じゃ瑠璃は何も言わないから、先生が相手ならちゃんと言うかなって思ったのに」

 脹れてそっぽを向く。その仕草が、子供っぽくて笑ってしまった。

「もう、瑠璃。笑い事じゃないよ~」

「だって、愛理ってば……ふふっ……子供みたいなんだもん」

「瑠璃っ」

 そうやって笑ってる時間。私はとても大好きだったりする。



 何も聞かないで。

 何も聞いてこないで。



 これは私の問題。

 私と博くんの問題。

 周りを巻き込むわけにはいかないんだから。




 そう思っていた。

 でも私と博くんのことで、周りを巻き込んでしまうなんて思わなかった。とても大切な人たちを巻き込んで、迷惑をかけることになるなんて……。



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