第5話

「想像……出来ないなぁ」

 学校帰り。愛理がそう呟く。真由美先輩の話、実感が沸かないんだ。あのいつも無駄に元気な宮下先輩に、昔、何かがあったなんて。

 笑うことなんかしないで、何かに対しての怒りで溢れていたなんて。



 あの先輩が……。



 目の前にはバス停でバスを待つ、宮下先輩がいた。他の先輩たちと一緒にフザけていた。その笑顔は、私が知ってるいつもの先輩だった。

「あ。柊冶先輩!」

 愛理は宮下先輩にそう声をかけると、小走りに近寄って行った。私はそんな愛理の後ろを黙って追っていく。

「おう。愛理に瑠璃」

「先輩たち、先に部活終えていったから、もう帰ったのかと思った」

「ああ。教室に忘れもんしたからな。コイツが」

 指したのは宮下先輩と仲良い、遠藤先輩だ。みんなからと呼ばれている。本人はやめてくれって顔をしているけど。

 なんか、同じクラスにもうひとり遠藤っていう名前の先輩がいて、その先輩はなんだって。

「貢一先輩が忘れ物?」

「違うよ、こっちだよ。全く、人の所為になんかすんなっ」

 貢一先輩はそう言うと、宮下先輩の背中を叩いた。笑いながらそれを受け止めていた宮下先輩は、やっぱりあのおちゃらけた先輩だった。

 こんな先輩からは想像することなんて、無理な話だった。


「そういや、瑠璃」

 貢一先輩がこっちを見て言う。

「お前、彼氏いたんだってな」

「誰から聞いたんですか」

「コイツ」

 と、宮下先輩を指した。宮下先輩は私をじっと見ては、何も言わない。

「宮下先輩~!なに勝手に話してるんですか」

「照れるな、瑠璃」

 からかう、貢一先輩の隣で宮下先輩は大人しかった。



 こういう話だから…???

 いつもと違うのは、あの告白のせい???



 先輩のあの真剣な言葉。

 たったひとことなんだけど、それが私の胸に響いたんだ。だからって、先輩と付き合えるわけない。

 それは分かってる。

 だから、先輩にはちゃんと言わなきゃいけないんだ。

「貢一先輩。瑠璃の相手ってね、中学の時から友達なんです」

 横から言った愛理に、目線を移した貢一先輩。

「中学?お前ら一緒だっけ?」

「2年までは一緒」

「3年の時に私、転校しちゃったから」

「そっか」

 貢一先輩は優しい顔で、こっちを見ていた。貢一先輩は宮下先輩とはタイプが違う。知的でクールで。でもって、優しくてかっこいい。宮下先輩とは違う雰囲気が人気がある。

 だから貢一先輩のその瞳で見つめられたらきっと、卒倒する人で続出するだろうって思う。

「瑠璃はそいつの事が好きなんだよな」

 貢一先輩は宮下先輩がいるのに、そういう話をしてくる。宮下先輩は聞かないようにしている。でも貢一先輩は、わざと聞かせようとしているみたいに話している。

「瑠璃。どうなんだよ」

「……好きじゃなきゃ、付き合ってませんよ」

 顔が真っ赤になるのが分かる。 

「そっか」

 笑って、貢一先輩は宮下先輩の肩を叩く。聞かないフリをしていた先輩は、こっちを見ると微かに笑った。



「なぁ。時間、まだ大丈夫だろ」

 貢一先輩がイキナリそう言ってきた。

「はい」

「大丈夫ですけど」

「お茶しねぇ?」

 その言葉に、宮下先輩の顔が驚きの顔に変化していった。

「おい。エンコウ」

「いいじゃねーか」

 そう言うと、やってきたバスに乗り込んだ。

「駅の方に行くぞ」

 振り返って貢一先輩は言った。 

 その姿に呆れながら、宮下先輩が後を着いていく。そんなふたりを見て、私たちは笑った。


 貢一先輩がなぜ、宮下先輩と仲良くなったのか、ちょっと謎だった。

 タイプが全然違うし。

 性格だって、違う。

 宮下先輩がフザけてる人なら、貢一先輩はとてもマジメ。

 そんなふたりが一緒にいるのは不思議でならなかった。

「貢一先輩って、なんで宮下先輩と仲良くなったの?」

 愛理がそう聞いた。

 全く、この子はそういうことをズバッって聞くんだから。私は呆れながらも興味があったから、貢一先輩をじっと見た。

「さぁ。なんでだろうな~」

 その言葉に宮下先輩は、貢一先輩の背中を叩く。

「お前が突っかかってきたんだろ」

「え。そうだっけ?」

「1年の時、同じクラスだったんだよ、こいつとは」

 宮下先輩はそう言った。そういや、今はクラスが違う。貢一先輩と真由美先輩は、同じクラスにいるけど。

「こいつと俺は最初会った時に、なんか対立してて」

「で、いつの間にか仲良くなった」

「へぇ」

 やっぱり不思議。

 どうしてふたりは仲がいいのか。でもこのふたたりを見てるのは、結構好きだったりする。終点の駅前でバスを降りて、貢一先輩は歩いて行く。貢一先輩の歩くペースは私達に合わせてくれて、その気遣いが嬉しかった。



「ここ。俺、気に入ってるんだ」

 そう言って入ったのは、オリーブという喫茶店。その喫茶店は、高校生の溜まり場のようになっていた。

「俺の中学がこっちの方だから。ここは中学の時から来てたりするんだ」

 意外な貢一先輩を見た気がした。


「いらっしゃいませ」

 店員さんがそう声をかけると、貢一先輩を見る。

「あら。貢ちゃん」

「こんにちは。南さん」

 頻繁に来ているせいか、店員さんになんて呼ばれているのが可愛かった。

「今日は女の子連れてるのね」

「後輩です。ちょっと面白い子たちなんで」

 笑った顔が、見た事ない優しい顔をしていた。先輩達はコーヒーを頼んで、私達は紅茶を頼んだ。それぞれの注文が来ると、貢一先輩は笑った。

「ここ、学生が多いでしょ。学生の味方みたいな場所なんだ」

 そう言われて周りを見渡す。確かに学生が多い。いろんな学校の制服の子達が、それぞれの会話に花を咲かせていた。


「で。瑠璃」

 貢一先輩は私の名前を呼ぶと、マジマジと私を見た。

「お前の彼氏ってどんなやつ?」

 ニカッと笑った顔が、悪戯っ子のような宮下先輩と、被って見えた気がした。

「お前な、それを聞きたいからお茶しようなんて言ったのかよ」

 呆れて宮下先輩が言った。

「そう。知りたくない?瑠璃と付き合ってるやつがどんなやつか」

「……てか、俺、一度会ってるもん」

「え。そうなのか?」

「バスの中でね」

「桜ヶ丘の制服着てたな」

「桜ヶ丘って、ここの近くだよな」

 貢一先輩はそう言うと、窓の外を見る。

 つられて窓の外を見ると、桜ヶ丘の制服を着た男子生徒と女子生徒が歩いていた。

 その姿に私はドキッとした。

 男子生徒の姿は、見覚えのある人。

 私の大好きな人だった。



 私の中の時間は止まっていた。

 博くんと一緒にいる女の子。私よりも背が高くて、キレイなロングの髪をなびかせて歩いていた。私よりも大人っぽい女の子だった。


 

 ふたりは笑いながら歩いていた。とても楽しそうに。



「……っ!アイツ!」

 ガタッと立ち上がったのは、愛理だった。そんな愛理に驚いたのは、貢一先輩で。私の目線を追った宮下先輩は、顔色が変わった。

「あれ、瑠璃の?」

 そう言い終わる前に、愛理が喫茶店を出て行く。そして外にいた博くんに何か言ってる。博くんは驚いた顔で愛理を見て、そして窓側に座っていた、私を見て更に驚いた顔をした。

 その顔は、見てはいけないもののように、困惑していた。



「瑠璃。いいの?」

 目の前にいる宮下先輩は、私に言う。愛理が博くんのところに行って、何か話している間も、私は動かないでただ黙ってその光景を見ていた。

 愛理と言い争ってる間、彼と一緒にいた女の子が愛理の腕を掴んで、何か言った。

 そんな光景をただ見ていて。

 私は何も出来ないでいた。

「あれが、瑠璃の彼氏?」

 貢一先輩はそう言うと、私は頷いた。それしか出来ないでいる私に笑って、立ち上がった。

「南さん。お勘定、ここに置くね」

 そう言うと、お金を置いて喫茶店を出て行く。その後を私の手を掴んだ宮下先輩が追って行く。





「ちょっと!どういうことなのよ、博っ!」

 愛理が博くんにそう怒鳴ってる。女の子が愛理の腕を掴んで睨んでいた。

 困った顔して立ってる博くんは、私を見ると微かに笑った。

「愛理」

 私は愛理を呼ぶと、黙って愛理の手を掴んでる女の子の手を掴んで引き離した。

「博くん」

 彼を見て、笑う私。それしか出来ないでいる。そうすることしか出来ないでいる。



 だって。

 単なる友達かもしれないじゃない。

 それなのに、何を言える?

 私だって、今。

 先輩たちとこうしているんだから。




「あなた、誰?」

 キツイ声で言った女の子。その言葉に答えたのは、博くんだった。

「俺の彼女」

「えっ」

「だから、こいつは俺の彼女で、こっちは中学の友達」

 私と愛理を女の子に説明していた。

「博、彼女いたの?」

「いるって言っただろ」

「だってっ!」

 そのやり取りを見ていた。




 ズキッと。

 胸が痛んだ。






 ──博






 女の子は、博くんをと呼び捨てにした。私がまだ呼べてない名前を、あの子は呼んだ。私はまだ、博くんを呼び捨てには出来てないのに。




 その後の事は覚えていない。どうやって帰ったのか、覚えてない。

 だけど、胸の痛みだけは覚えている。

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