第5話 トロイの木馬
「却下!」
詳細なんか聞く前に否定した。
「どうせ『救助に向かいましょう』とか『爆弾を探しに行きましょう』とか『ヒーローになるチャンスです』とか言うんだろ。だいたい分かるよ!」
『話が早くて助かります』
「それは警察の仕事なの。素人が首ツッコむと、余計にプロが困っちゃうから!」
映画であるよね。銀行強盗やハイジャックに遭遇した主人公が、突入できない警察に代わって内部から犯人を制圧する流れ。
「伯父さんに連絡……スマホが無いのか」
『オススメしません。仮に博士が端末を持っていたとしても、着信音で付近にいる犯人を刺激、もしくは存在を把握される恐れがあります』
出た、軍師アート! 家出騒動ぶりだな。
「あるよねぇ。物陰に隠れて移動中とか、最悪なタイミングでスマホが鳴る展開」
高坂さんが頷いている。
「しかも犯人がしれっと通話ボタン押してさ、相手も状況を確かめずにペラペラ喋ったりして、せっかくの計画がバレるんだよな。イラッとするわー」
『高坂様はよく軍略を分析されています。イツキ様も見習いましょう』
「はいはい、じゃあ俺たちが逃げやすいルートでも考えてよ」
『了解しました。敷地内全体のスキャンを開始、見取り図の作成から開始します』
自分の機能が生かせるときは素直だよね。
画面に建物の3D画像みたいな図が現れて、さらに内部の見取り図がフロアごとに展開された。思った以上に仕事が早い。
『博士の位置情報を確認。地下一階備品室です』
「え、中にいるの? 移動中?」
『いいえ』
停止した赤い点が伯父さんだろう。覗き込んだ三人が淡々と言った。
「わぁー。捕まってそー」
「研究員を人質に、って放送で言ってたもんな。博士だったのか」
「また微妙な場所にいますねぇ。地上でもなく、いつもの研究室でもなく」
のんきな感想だなぁ。みんなも伯父さんが呼び込む騒動に慣れてるのか。
「やっぱり警察の救助を待つ方が良くない?」
『人質がいると警察突入は難しくなる傾向があります。博士を助けに行きましょう』
「俺が?」
『トロイの木馬は先人の知恵。実践するなら今がチャンスです』
期間限定価格みたいな言い方しないでよ。
『博士を見捨ててイツキ様が助かった場合、大きな後悔が残る可能性があります。私はイツキ様のサポートAI。心身の傷から守る役目があります』
「そのサポートAIがグサッとくること言ってるけどね!」
あんなマッドサイエンティストでも身内なんだよなぁ。
ただ迎えに行くだけなら良いけど、犯人が近くに居るなら絶対に行っちゃダメだ。でもスマホは鳴らせないし……。
「高坂さん。例のキャラメル箱って回収しましたか」
「……いんやー」
「白衣のポケットに入ってるかも。今こそ盗聴できますか」
高坂さんがニイッと笑った。
「銀之助、接続切り替えてー」
『了解しました』
スピーカーモードで聞こえてきたのはガタゴトいう雑音、それから人の話し声だ。やっぱり犯人いたし!
「……のよ、もう良いでしょ」
「あんまり目ぼしい物なかったね。企業の備品ってシケてるなぁ」
「商品倉庫じゃないんだから」
「ちぇっ」
一人は女性、もう一人は子供みたいな声に聞こえたんだけど。テロ組織に子供?
今度は男性の声がした。
「行くぞ。ボスが待ってる」
「へいへい。次は?」
「一階だって言っただろうが」
足音と声が小さくなってゆく。
「あいつ、アレでいいの?」
「いいだろ。役に立たなかったし」
「窓際社員だったのかなぁ。かわいそ」
ガシャンという音がして静かになった。たぶんドアが閉まったんだと思う。
「出て行ったみたいですね」
『今のうちです。博士の救助に向かいましょう』
「ちょっと待ってよ!」
(=_=)の顔になったカブが画面ギリギリまで近づいてきた。
『助けないのですか』
「心の準備がさぁ」
俺だって心配はしてるんだよ、犯人の過去形も気になるし。だからって簡単に覚悟が決まるわけじゃないのが人間なんだよ。
接続を切ろうとした高坂さんのスマホから、何やら規則的な雑音が聞こえはじめた。まだ誰かいる? いや、伯父さんが何かしているのかもしれない。
『誰にも気づかれないところで、助けを必要としている人がいます』
起伏の少ない、静かで淡々としたAIの声。こういう時に雰囲気が出るからズルい。
「……分かったよ、でも俺は伯父さんを迎えに行くだけだからな! 戦わないから!」
伯父さんが捕まってるって知らなかったら、事件がどんな結末になっても「仕方なかった」で言い訳できたと思う。でも、もう知ってしまった。これで伯父さんが無事じゃなかったら、その結末は動かなかった俺のせいになってしまう気がするんだ。
「ほら、気が変わらないうちに安全ルートで道案内してよ!」
『了解しました』
え、なにこれ。カブの本体がチカチカ発光しながら、目と口のパーツが高速で様々な形に入れ替わっている。スロットマシンみたいだ。
『進化を実行します。少々お待ちください』
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