第3話 都市伝説
防災訓練の当日、俺は電車で伯父さんの会社へ向かった。
『なぜ迎えに来てもらわなかったのですか』
「伯父さんに頼むと、また六時に来ちゃうだろ」
という会話をしながら入ったエントランスで、なぜだか伯父さんが待ち構えていたんだけどね。
「樹生、よく来たな!」
位置情報とかを駆使して到着時刻を予想できるのかもしれないけど……技術の進歩って怖いなぁ。
「昼食まだだろう? 社食のタダ券あるぞ」
「ありがとう。伯父さんは?」
「今日は忙しくてな、デスクで適当に食べるさ。十三時にはいつもの部屋に来てくれ」
でもって社食で唐揚げ定食を食べていたら、隣に人が座った。
「やっほー、七村君」
サンドイッチのパックを持った平井さんだ。ちょっと豪華な具だくさんのやつ、なんて言うんだっけ。BLTサンド?
「平井さんも今来たの?」
「ううん、午前からいたよ。ちょうど七村君がお昼中だって聞いたから」
「忙しそうだね。夏休みなのに」
「夏休みだから、かな。トーンに追加する声とかの相談でね」
そういえばプロの歌手だもんな。学校が無いときに集中的な活動をしてるんだろう。
「平井さんはさ、その……やっぱり歌いたいから人工声帯を付けたんだよね」
「うん!」
気持ちが良いほどハッキリ言い切られた。
「俺はアートに座るだけだったからさ。使いこなせるか分からない上に手術が必要なものって、結構な覚悟が必要だっただろうなって」
「確かに心配もあったけどね。放っておいても治るものじゃないなら、試してみてもいいかなって思った。ほとんど勢いかも」
美味しそうにサンドイッチをひとつ平らげて、紙パックのイチゴオレに手を伸ばす。
「それで良いと思うの。『これを成し遂げるんだ!』なんて重大な目標なんかなくても、歌いたい、野球がしたい、アニメが見たい、理由はそんなので良いんだよ。人生を楽しむために科学技術は進歩してるんだから」
「……そうだね」
マッドサイエンティストも誰かの役には立っているらしい。良かった、良かった。
「あーあ。歌が上手い人って良いよなぁ」
「七村君は昔から苦手だもんね」
「昔?」
お互いに首を傾げてしまう。
「あ、覚えてない? 小学生の時にリトミック教室で一緒だったの」
「もしかして、あのめっちゃ上手かった人⁉ 隣の番号だった」
「そうそう」
俺が余計に恥をかいた原因でもある。いや、平井さんは悪くないんだけどさ。
レッスンは申し込み番号順に並ばされたので、一人ずつ歌う場面になると、俺は必ずその「めっちゃ上手い子」の次に音痴を披露するハメになった。
「七村君の記憶が美化されてるんだよ。あの時はまだ、今ほどトーンを使いこなせてなかったし」
「どうだか」
そのうち高校生二人もやってきて、勝手に同じテーブルで定食を食べ始めた。最近同じ顔ばかり見ている気がする。俺も追加で買ったプリンを食べていたら、隣のテーブルの会話が耳に入ってきた。
「なあ、この会社の都市伝説を知ってるか」
「七不思議じゃあるまいし」
「三人くらいから聞いたんだよ。この建物って実は地下三階があるらしいじゃん? エレベーターのボタンを決まった順番で押すと、その隠しフロアに止まるんだって」
「そういう都市伝説、むかし流行ったよね」
今年入った新入社員のグループらしい。思わず見そうになっちゃったよ。
「地下三階の存在は本当らしいぞ。隠してるわけじゃないから聞けば教えてくれるけど、一般社員はまず使わないから、あえて言うことも無いんだって」
「エレベーターにボタンが無いってのが怖いんだよな」
「どっかの非常階段から行けるらしいんだけどさ、その構造に意図的なものを感じるワケよ」
すくったプリンがスプーンから落ちて、自分の手が止まっていたことに気が付いた。他の三人も手を止めて聞いちゃってるし!
「サーバー室だかボイラー室だか薬品室だか、大事な物が集まってる部屋があるから、専門部員以外は立ち入り禁止で社外秘なんだって聞いたよ。……建前上は」
「そのフロアでは何かヤバい事やってるんだって」
「妄想が過ぎるだろ」
方向性は合ってます。なんかすみません。
「俺のOJTの先輩、このまえ休日出勤でさ……聞いちゃったんだって。非常階段の地下二階付近で」
「……何を」
「さらに下の階から響く悲鳴。悲痛な声で『たーすーけーてぇー』って」
高坂さんがむせた。
「からかわれてるんじゃね?」
「そういうタイプの人でもないんだよ、つい先月の話だって言うし! 怖くなったからエレベーターで上階に戻ろうとしたら、下からエレベーターが上がってきたんだってよ。先輩は地下二階にいるのに」
隣り合うテーブル二つに無言の時間が流れた。そのあと社員さんたちは、何も聞かなかったかのように別の話題を始めたよね。
『怖い話でしたね、イツキ様』
「ホントだよ」
これ、神崎さんに言った方が良いのかな。
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