第4話 布団が吹っ飛んだ

『明日の降水確率は四十パーセント。良かったですね』

「当たってたらな」


そう言いながら、俺はリュックにレインコートを突っ込んだ。車椅子で傘はさせないからだ。傘を固定する器具もあるにはあるけど、前に使ってみたら結局濡れたし邪魔だった。


『ワタシに搭載された気象予報アプリは最新式です』

「どんなに頑張っても急に降ることあるじゃん。ゲリラ豪雨とか」


そもそも梅雨なんだし、雨が降ってる方が自然なんだろう。

 俺は足をさすってから立ち上がって、荷物をアートの背面に背負わせた。これは車椅子用に設計された専用のリュック。アート自体が荷物を背負っているような見た目になるのだが、クラスの女子がこれを見て可愛いという理由が分からない。


「ああ、面倒くさい。舞台とか観てる間に寝そう」

『手のひらに眠気覚ましのツボがあるそうです』

「授業中にやってる。あれ全然効かないよ」


ついでに説明しておくと、アートは座面の下にもちょっとした荷物置きが付いている。ベビーカーの下の部分に似ていると言えばわかりやすいだろうか。逆に言えば、それ以上の大荷物は持ち運べないので、外出時に持って行くものは吟味しなくてはいけない。……まあ、元々そんなに無いんだけどさ。それこそクラスの女子じゃあるまいし。杖とかの「俺だから持って行かなきゃいけないもの」があることにイラっとするんだよね。

 とりあえず明日の準備も終わったので、ベッドで横になったら雨の音が聞こえた。明け方には止むって本当だろうか。


『足が痛いのですか。近頃よく左足を気にしています』

「ああ、雨の日は何となくね。気圧のせいらしいよ」

『明日は中止しますか』

「……うん⁉」


びっくりして飛び起きてしまった。それこそ布団を跳ね飛ばすくらいに。


『ぴったりの言葉があります。布団がふっとんだ』

「そんな古すぎるダジャレはいいんだよ。伯父さんの仕込み? それより何さ、いつも強引なアートが中止させてくれるって」

『健康管理は大切です。体調不良の日に無理はよくありません』


どうもアートの頑張らせる基準がよく分からない。


「俺の場合、雨さえ降ってなければ割と大丈夫なんだよ。病院で鎮痛剤ももらってるし、明日になって本気でムリだったら止めとくから」

『なぜお婆様に言わなかったのですか。それを理由に観劇を断れたかもしれません』

「それお前が言う?」


ふっとんだ布団を杖でたぐり寄せたら、床に落ちていた他のもろもろまで一緒に来てしまった。部屋の掃除をサボっていたツケだな。


「まあ何て言うか……それは切り札かな。いざって時まで同情誘うのは取っておくのが良いんだ」

『使いすぎると良くないのですか』

「何回も使ってると効き目が弱くなる」


納得したのかは分からないが、アートはそれ以上聞いてこなかった。聞かれたところで俺も答えられない。本当はもっと色々な理由が絡まり合っていたのだけれど、自分の中でさえ整理の付いていないものを、成長途中のAIにちゃんとした説明なんて出来ないからさ。


「母さんも婆ちゃんも、足のことは知ってるんだよ。しかも雨の季節に一人で出かけるなんて結構な冒険じゃん。それをあえて行かせようとしてるんだ。今後のためにさ」

『今後のため。ヒーローになる未来のためですね』

「うん、もうそれでいいや」


アートはどこまで分かっているのか、イマイチ分からないんだよなぁ。もしかして今のボケだった? 俺、ツッコミするべきだった?


「……とりあえず行くって言っちゃったものは行くよ。そんだけ」

『そうですか。おやすみなさい』


雨の音はさっきより弱くなっていた。

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