第3話 マッドエンジニア
俺と母さんも朝食を食べ終わり、食器を食洗器に入れたところで、もう待ちきれない伯父さんが言い出した。……もう一回言って良いかな、待ちきれなかったのは俺じゃない。あげる側の大人ね。
「さあさあ、お待ちかねのプレゼントだ。開けてみろ!」
「な、何かなぁ」
立ち上がった伯父さんの腰ぐらいまである段ボールを、ハサミとカッターで苦労して開ける。やたらに
「ああ、やっと開いた!」
夏休みの宿題が終わったくらいの達成感。そんな箱の中に入っていたのは、左右から
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「ちょっと待った、ただの車椅子じゃないんだぞ。これは僕が開発した、最新式車椅子なんだ!」
嫌な予感がした。
俺が生まれてすぐの頃、伯父さんは子守歌の流れるベッドメリーをくれた。ベビーベッドの上に吊るす、くるくる回ったり音が出たりするモビール飾りみたいなやつだ。
「僕が開発したんだ。百曲以上の子守歌が入ってるんだぞ!」
伯父さんはとても楽しそうに、俺の真上にソレを取り付けて帰ったらしい。それからは月に一度くらいのペースで遊びに来ては、例の飾りをいじってブツブツ言う姿が目撃されるようになった。さすがに母さんも気になってくる。
「兄さん、毎回なにをやってるの?」
「この中にはデータ収集用の人工知能が入っていてな。流す曲ごとに赤ちゃんの反応
や寝つきの良さを記録して、そのうち赤ちゃんのご機嫌と体調に合わせて自動選曲できるように学習してゆくんだ。まだ開発途中だから、ときどき見に来て、中身のデータをコピーさせてもらってるんだよ。次の研究にも役立つしね」
もちろん、母さんがものすごく驚いたのは言うまでもない。驚きすぎて怒るのを忘れたくらいだって。
「えっと、うちの子で試してたってこと?」
「そんな言い方しないでよ、可愛い甥っ子にプレゼントをあげたかったのは本当なんだから。データの方がついでなんだよ」
とてもモヤモヤしたまま、とりあえず母さんはベッドメリーを外して伯父さんに返品した。父さんは話を聞いて爆笑したらしい。
俺が一歳になった頃、伯父さんはふわふわのテディベアをくれた。握手みたいに手を押すと英単語をしゃべる機能付き。
「僕が開発したんだ、良い手触りだろう? ほーら、弟だと思って仲良く遊ぶんだぞ」
少しばかり心配した母さんだったが、特に問題なく遊ばれるぬいぐるみを見て、大丈夫だと思ったらしい。前回のように伯父さんが毎月やってくることもなかった。
そのまま三か月くらいたった、ある日。すっかりお気に入りになったテディベアで俺と父さんが遊んでいると、耳をかじられたクマさんが突然なめらかに喋り出した。
『新しい歯が生えました。
「……は?」
もちろん、父さんがものすごく驚いたのは言うまでもない。驚きすぎてオヤツの赤ちゃんせんべいを握りつぶしたって。
『体温を測定しました。三十六・八度、平熱。握力を測定しました。右手、××キロ。左手、××キロ』
テディベアによる身体測定が勝手に始まった。
『身長××センチメートル、標準。体重××キロ、標準。カウプ指数××、標準。腹囲××センチメートル、標準。骨格、標準。肺活量……』
「ちょっと、なに? そんな機能付いてたっけ?」
『……計測完了。データを送信します』
「どこに⁉」
すぐに電話で呼びつけられた伯父さんは、まず腕組みして待ち構えていた母さんの前に正座させられたという。父さんは爆笑しながら見ていたらしい。
「兄さん、今度は何をしたのよ」
「このテディベアには、乳幼児のすこやかな成長を見守る人工知能が入っていてな。子供が遊ぶたびに成長度合いを計測してくれるんだ。耳をかじれば歯の生え具合を教えてくれるし、生えそろったら歯並びやアゴの力も計ってくれるぞ! まだ開発途中だけどな」
今までは音声機能がオフになっていたのを、俺が遊んでいるうちにスイッチオンしてしまったために
「なんで兄さんにデータが送られるようになってるの」
「前は直接取り出しに行って、お前に怒られただろう? 僕も反省したんだよ。子育て中の家に何度もお邪魔するのは迷惑だったとね。だから自動で送信できるようにして……」
「うちの子で試すなって言ってんのよ、このマッドエンジニアがぁぁぁ!」
今度こそしっかり怒られた伯父さんは、こうして我が家でマッドエンジニアと呼ばれるようになったのである。それでも反省の仕方が毎回ズレているので、おかしなプレゼント攻撃は続いたんだけどね。
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