硝煙とシンデレラ

「カズハ! あれ!」


 トレーラーでの生活が始まって、数週間した頃だった。朝ごはんの食器を片して、キャンピングチェアに座ってのんびりしていた私の視界に入った「それ」に――慌てて車内のカズハを呼びつける。

 私の呼びかけに外を出たカズハは


「……本当だったんだ――」


 風になびく髪を抑えながら、ぽつりとつぶやく。

 その声は、私を通り越して、誰かに言っているようにも聞こえた。


 その朝、轟音と共に空から現れたのは、黒くて大きなドローンの群れで――いくつもの知らないロゴがあしらわれたそれは、放り出すように黒い何かを落としていた。遠目では、虫の大群のようにも見える。

 音の発生源はどんどん近づき、


「わっ……! こ、こっち……!」

「……」


 風と共に、私たちがいる平和島の空を通過する。同時に、ドローンの中心がちかちかとこちらに向かって光った。

 直後、無軌道に投げ出された黒い何かは、私たちからそれほど遠くない地面に落ちてくる。

 近寄って拾いあげると、そこには――硬くて厚いカバーに覆われた、手のひらほどの液晶端末が二台あった。

 新品ではない、画面の端には小さなひびや使われた感触がある。カズハが拾ったものと私が拾ったものでも、小さな違いがある。


「……え、これ……どうやって開ければいいの?」

「……さぁ」


 黒いままの画面をいくら撫でても、何かが起きる様子はない。それは、つまんで端末をまじまじと眺めていたカズハも同様だった。私たちがしばらくそうしていると、突然画面が白く光り出す。


「……!」


 息が漏れる。真っ白な画面は数十秒経つと、すぐに文字と画像を映し出す。日本語と英語、中国語で書かれている内容の下には、それを要約したピクトグラムが差し込まれている。

 識字能力が無くても、内容を理解できるようにしているのかもしれない。

 画面に映り始めた文字を、どちらからともなく読み上げる。


「……『この端末は』……」



 この端末たんまつは、映像配信えいぞうはいしんサービス「Pod026」へのアップロードようくばられたものです。

 この端末たんまつから「Pod026」にアップされた映像えいぞうは、世界中せかいじゅうひとられます。

 映像えいぞう人気にんきになるか、たか評価ひょうかることができれば、

 あなたのねがごとを、世界せかいだれかがかなえてくれます。

 あなたの素晴すばらしい映像えいぞうで、世界中せかいじゅうたのしませましょう!

 この端末たんまつ使つかかたは――



 無機質な文字と画像が、スライドショーのように表示されていく。そんな映像が一通り投影され終わると、


「『Pod026 sponsored』……ね」


 カズハは言う。

 いくつもの知らないロゴが、順番に表示され始めた。

 私たちを通して、別な誰かのためにあるような画面。しばらくの間映され続けたそれは、私に降りかかった機会の大きさを象徴しているようで――


「『願い事』を、叶える……」


 どきどきするのは、怖いのか、楽しみなのか。目の前の現実を理解できていないだけなのか。

 自分でも理由のわからない心臓の高鳴りに、少しだけ身震いした。




「言える範囲でいいけど――カレンの新しい『夢』って、どんなの?」


 一週間後。

 トレーラーを出て、少しの荷物と一緒に町を歩く。がれきの山に手を掛けながら、カズハは私に訊いてきた。


「……まだ、言えるほどちゃんと言葉にできない、っていうか……」

「――そっか」


 はっきりとした夢はある。だけど、歌詞にも書けなかったそれをはっきり口に出すのは憚られるし、何よりまだ恥ずかしい。

 カズハの背中に着いていきながら、足場の悪い道を進んでいくと、


「着いたよ。ここなら、ちょうどいいんじゃない?」

「……うん、綺麗」


 トレーラーからしばらく北に歩いたところにある、倒壊した小さな家があった。骨組みと屋根だけがわずかに残ったそこからは――折れた赤い電波塔が見える。


 動画を作るための写真撮影には、ちょうどいいスポットに思えた。

 すっかり操作に慣れた様子のカズハが、スマートフォンの背面をこちらに向ける。


「じゃあ、マイク出して。座れそうなところ、ある?」

「えっと……ここでいいかな」


 腰を下ろすのにちょうどいいがれきを軽く動かして、そこに座る。画角調整のために少しずつ移動していたカズハは、


「うん……ここでいいかな」


 そう言うと、足を止める。数度シャッターを押して、撮影された画像を確認している間、私は、


 ――もし『夢』が叶うなら、私はなんて言おう。


 ふと考えていた。


 かつての私の『夢』は――アップマーケットに行き、一人で幸せになること。そのためなら頑張れたし、それが叶わないなら死んでしまいたかった。

 だけど、今は違う。


 今の私の『夢』は――私が大切な人、みんなで幸せになること。

 ……それが、大切な人と一緒にアップマーケットに行くことなのか、ゲットーを無くすことなのか。

 そもそも、Pod026がどこまで願い事を叶えてくれるのかなんて、私が知る由もない。

 でも、それがどんな方法であっても――大切な人たちみんなを幸せにしたい。


 一緒に成長したみんな。私を姉のように慕ってくれた子どもたち。

 私に名字をくれた、お父さんみたいな先生。

 それに――。


「……カレン?」

「……『夢』の話だけど……カズハには、まだ内緒ね」

「ふふっ――なにそれ。そんなに言いにくいことなの?」

「……うん」


 私にとって、大切な人だから――。

 あなたの願い事だって、叶えたい。

 そんな甘いことを口にするには、まだまだ恥ずかしくて。


 どこかから吹くガソリンと硝煙の臭いに包まれながら、シャッターに向けて笑った。



「――ないしょ!」


Chapter.1

硝煙とシンデレラ fin.

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