Pod026

 アップマーケットは、最貧国である日本の中に点在しておきながら、その幸福度は世界で見ても高いものだった。

 ごく少数の人間のみが居住可能なため、インフラ整備や教育には未だ事欠かない。自然と根付いた選民思想が諍いの数を減らし、諸外国も彼らに向けて交流をしているため、特別不満も起きない。

 そして何より、

 高層ビル群の資本が作り上げたかつての要塞は、その役割を箱庭へ変貌させていた。


 しかし、水面下において、その好環境特有の問題が取り沙汰される。


 理想的な環境、その満足が引き起こす社会の停滞、それに伴うアップマーケット内に限った出生率の低下、及び大幅な人口減少――。

 かつてマウスで試された生物実験になぞらえた「Re:ユニバース25」という都市伝説じみた仮説が、にわかに話題となった。


 ネガティブ・ワンを経て著しく弱まった国家権力により、生殖可能なゲットーの人間をアップマーケットに住まわせ、一時的な出生率増加を図る「国家内移民政策」が提案された。

 しかし、彼らはそれを却下する。当然――自分たちの居場所を、知らないゲットーの人間に入られたくはない。


 その不満に対応する形で「国家内移民政策」は徐々に様子を変化させた。生殖能力の有無よりも、アップマーケットの「好感度」が重視され、彼らに「この町へ入る資格がある」と見なされた人間かどうかが最優先事項になる。


 そういった日本の流れに対して、新興国のビックテックや先進国のエンタメメディアが参入することで、情勢はより一層混乱した。そういった騒動を経て、ようやくアップマーケットの人間が納得する「国家内移民政策」が策定された。


 某日、全世界の成人年齢から視聴できるメディアへの映像アップロード機能を持つ小型端末――旧式の「スマートフォン」が配布され、人々はそれを使い何か――パフォーマンスやエンターテイメントからポルノまで、あらゆるものを共有ことができる。

 視聴されたものの中で、アップマーケットのそれぞれが気に入ったゲットーの住民には、アップマーケットへ住まう権利、及び選んだ人間が可能な範囲で「願い」を叶える権利が付与される。


 選ぶ人間の差こそあれ、ビックテックやメディア、そしてごくわずかな富裕層が選ぶのであれば、ゲットーの人間が持つ程度の願いは簡単に叶えられる。


 これまでは見下す対象だったゲットーを、今度は見世物小屋にする。

 人口減少問題の解決からは大きく離れたところで着地したその施策は、しかし元の仮説に倣って「Pod026」と称されるようになった。

 それは、かつて行われた生物実験と同じ結末を辿らないように――そんな祈りが込められたものなのかもしれない。


 そして、スマートフォンがゲットーに配布される「某日」は、来月のどこか。


 その日から、世界ゲットーでは本当の生存競争が始まる。

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