第3話 ミーナ③

「――行ったわね」


 ミーナがトーヤさんと一緒に出掛けていった。

村の案内をするらしい。恐らくトーヤさんの方から頼んだのだろう、普段内気な娘が案内を買って出ることはしない。


「ミーナちゃん初めてのデートよね!? もー!こっちまでドキドキしちゃう」


「私もあんな時があったわ〜!」


 2人のやり取りを見て、奥様達は既にテンションが上がりきっていた。

 

「さて、そろそろ私たちも行きましょう」


 ミーナ達が広場に向かって歩く背中を見ながら、立ち上がる。

 今まで浮いた話の1つも無かった娘が手にしたせっかくのチャンスを、母ナリアと近所の奥様達はこっそり後をつけて見届けようとしていた。


「じゃあ、みんな。見つからないようにね。」


「分かってるわよ」


「―――ん?ちょっと待って」みんなが宿屋から出ようとしたタイミングで1人が声を上げた。

 この村唯一の魔法具店の店長である彼女は店の商品を使い2人の周囲の安全を確認する役目だった。


「どうしたの?」


 これまた彼女の店の商品である、存在感が薄くなるローブを羽織りながら尋ねる。



「2人に尾行が着いてる」



 ――――――――――――

 


 時は遡り。

 村はずれの古い倉庫に、5人の女性が集結していた。年齢は16歳から25歳まで。職業も様々だが、共通点は一つ。独身であること。


 薄暗い倉庫の中央に置かれた古い木箱の上には、手描きの村の地図が広げられている。蝋燭の炎が不安定に揺らめき、私たちの影を壁に踊らせていた。まるで戦時中の密談のような緊張感が漂っていた。


 そして今、私たちは、人生をかけたような真剣な表情で作戦会議を行っていた。


「情報によると、ミーナちゃんは午後16時頃、トーヤさんを村の案内に連れ出すらしいわ」


 私たちは皆、この作戦にすべてを賭けていた。逃すわけにはいかない。このチャンスを逃せば、次はいつ現れるか分からない。


「予想ルートは?」


 リーダー格の女性が低い声で問いかけた。彼女の眼差しは鋭く、まるで将軍が戦況を分析するかのようだった。


「村の中央広場から始まって、教会、そして最後に村の外れの花畑」


 別の女性が地図に印を付けながら報告した。その指先はわずかに震えていた。


「花畑……」


 年上の女性が深刻そうに眉をひそめた。蝋燭の光が彼女の顔に不安な影を落としている。


「あそこは危険ね。ロマンチックすぎる。2人きりで、あんな場所にいたら……」


 彼女の言葉の続きを、私たちは想像した。心臓がドクドクと早鐘を打つ。恋が芽生える瞬間を、指をくわえて見ているわけにはいかない。


「だからこその好機よ」


 農家出身の女性が拳を強く握りしめた。彼女の目には決意の炎が宿っている。普段は温厚な彼女が、これほど激しい表情を見せるのは珍しい。


「あそこで自然にトーヤさんと接触できれば……私の人生が変わる。今まで畑仕事ばかりで、恋らしい恋もしたことがない。でも、トーヤさんなら……」


 彼女の声には、長年抱き続けた孤独感が滲んでいた。

村に彼が来た時、最初に話をしたのが彼女だった。酒場と宿の場所を聞かれただけだったが、会話の節々から彼の優しさを感じ取ったらしい。


「でも、どうやって?ミーナちゃんがいる前で、どうやって自然に?」


 魔法使いの卵が小さく手を上げた。彼女の魔法はまだ不完全で、いつも失敗ばかりしている。


「私の魔法で、偶然を装って……たとえば、転んだふりをして助けてもらうとか」


「却下」


 リーダー格の女性が即座に首を振った。蝋燭の炎が激しく揺れ、彼女の厳しい表情をより際立たせる。


「ベタすぎる。それに、ミーナちゃんがいる前でそれをやったら、明らかに不自然よ。私たちが計画的に動いていることがバレてしまう」


 私たちは深刻に頭を悩ませた。倉庫の中に重い沈黙が流れる。外からは村人たちの生活音が聞こえてくるが、私たちにとってはまるで別世界の出来事のようだった。これは単なる恋愛ではない。人生をかけた戦争なのだ。


「尾行しましょう」


 一人が静かに、しかし確信を持って提案した。


「距離を保ちながら後をつけて、チャンスを見極める。そして適切なタイミングで2人を引き離した後に、自然に現れる。まるで偶然の出会いを装って」


「それよ!」


 別の女性が手を叩いた。その音が倉庫に響き、私たちの心に希望の灯を点した。


「でも、普通の服装じゃダメね。尾行がバレちゃう。ミーナちゃんに私たちの顔は割れてるわ」


 最近はお互いに家の仕事もあり少し距離が出来ていたが、昔は、ミーナと私達は街に遊びに行く仲だった。

 

「任せて」


 魔法使いの卵が胸を張った。彼女の目に、今まで見たことのない自信の光が宿っている。


「魔法で変装できるわ。髪の色を変えたり、体型を少し変えたり……今度こそ失敗しない。絶対に」


 そして私たちは、まるで国家機密を扱うかのように、時間をかけて計画を練り上げていった。誰がどのポイントで監視するか、緊急時の連絡方法、撤退ルート、そして最も重要な「接触タイミング」まで。


 蝋燭が短くなり、影が長く伸びる頃、ついに完璧な作戦が完成した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る