海藻になる
太陽の光があたたかい。
体をゆらゆらと揺らしながら、僕はぬるま湯の中をのんびりと漂っていた。
どうやら僕は海藻のようだ。
上を見ると、太陽の黄色い光がふわりと波打っていた。
ちょっとずつ体を揺らしていって、下を見てみる。
色とりどりのきれいなサンゴ礁の中に、これまたカラフルな魚たちが動き回っている。
『あなたは「Suger Dimension」の能力を獲得しました』
お魚たちを眺めていると、突如なにかのウィンドウが出現した。
白い文字が空間上に映し出される。
☆☆☆ Suger Dimension ☆☆☆
糖: 30 mg (1 mg / s)
葉緑体 Lv.1: 10 g [生成]
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
なんだろう、これは。
そう思うと同時に声が聞こえてくる。
『葉緑体があればあるほど、糖が生産されます。
糖を使って、葉緑体を増やすことができます。
この能力を使って、あなたを強くしてください』
そして光合成というものの説明もされる。
よくわからないが、海の中で日光に当たると糖ができるらしい。
糖を使って葉緑体を増やして、葉緑体を使って糖を増やしていく……。
永久機関のようにも思えるが実際どうなのだろうか。
糖を使って葉緑体 Lv.1 を生成しようとする。
『糖が足りません。葉緑体 Lv.1 を 1 g 作るために糖が 1 g 必要です』
あらあら。
他の説明も読んだところ、1 g は 1000 mg らしい。
今のスピードだと1000秒かかるらしい。気長に待とう。
海の中を覗いてみる。
サンゴ礁の中のお魚が動いたり止まったりする。
尾びれがふわふわする感じが好き。
黄色く鮮やかに光る魚がいる。
クラゲがふわふわとそよいでいる。
白いカーテンが波にゆられる。
きれいだなあ。
ごつごつした岩が落ちている。
砂の中にヒラメが隠れている。
細い赤い海藻がこちらを見ている。
……。
のんびりしたので葉緑体をつくることにした。
『葉緑体 Lv.1 を 1 g 生成しました』
☆☆☆ Suger Dimension ☆☆☆
糖: 0 mg (1.1 mg / s)
葉緑体 Lv.1: 11 g [生成]
葉緑体 Lv.2: 0 g [生成]
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
すると葉緑体 Lv.2 が表示される。なんだろう、これ?
気になってみると何かの声が聞こえてくる。
『葉緑体 Lv.2 1 g は、葉緑体 Lv.1 1 g を生成することができます』
なんだこれ! めっちゃつよそう。
糖の増加速度が常に増えていくってことだよね? すごいことになりそう。
さっそく葉緑体 Lv.2 を生成してみよう!
『葉緑体 Lv.2 を生成するには、糖が 1 kg 必要です』
ううむ。
糖が 1 kg できるまでには、愚直に待つと90万秒はかかるだろう。大変そう。
葉緑体 Lv.1 を生成しながら待てばそんなに時間かからないかもだけど。
のんびり海の中を探索しますか。
――――。
――――――。
海の中は幻想的だ。
水面から差し込む日光は、粗い網目模様をつくりだし、サンゴ礁や魚たちを照らす。
自然はタダでこんな幻想的なものを作り出す。
なんと心地よい世界に生まれてきたものだ。
海の中は、あったかくて、そして日光のぬくもりに包まれている。
日光の気持ちよさは他と比べられない。
日光に居なければならないという強い感情を感じる。
この暖かさは、女神の抱擁といっても過言ではない。
海の中はときに静かで、ときにダイナミックである。
誰もいない時期があると思えば、魚の大群をサメが追いかけていることもある。
なんと水面から鳥が飛び込んでくることもある。
何が起きるかわからない。
葉緑体の話に戻ろう。
糖が 1 kg たまった。
葉緑体 Lv.1 も 1000 g になった。
当初よりも明らかに大きく、分厚くなった。
さて、葉緑体 Lv.2 を生成しよう!
『葉緑体 Lv.2 を 1 g 生成しました』
ぶくぶくぶく……なんだなんだ?
体表から泡が少しずつ出ていく。
『葉緑体 Lv.2 は、葉緑体 Lv.1 よりも多くの水・二酸化酸素を消費して酸素を生産します』
とのことらしい。
泡が出てきて、少し周りの魚たちもこちらを注目し始めた気もする。
気のせいかもしれないけど。
やることは変わらない。
この広い海の中をゆらゆらと漂うだけである。
海の中はクリエイティブである。
魚たちは、自分の見た目で好き勝手に自己主張している。
好きな部分を赤く染めて、好きな部分を青く染めて、あるいは黄色・紫・オレンジなどに。
お魚一匹一匹の模様も微妙に違って、個性を感じることも多い。
もちろん大きさも微妙に違う。
そんなお魚たちを見るたびに、なんとも言えぬ心地よさを感じるものだ。
海の中をぼんやりと彷徨っていると、徐々に色々なことがわかるようになってくる。
魚は産卵するらしい。一度だけ見たことある。
岩場に丸いつぶつぶがある。それは卵だ。
卵から稚魚が出てくる。食べられることも多いが、生き残ったものはどこかへ消えていく(その後を追っているわけではないのでよくわからない)。
別の魚が、卵に向き合って何かをかけていることもあった。
あれはなんだろうか?わからない。
あるいは、お魚さんの中から稚魚が生まれてくることもある。
あのときは、めでたいという感じで周りの魚たちも祝福していた。
いやあ、海の中というのは実におもしろい。
葉緑体を増やすのに時間はかかるが、海の中を彷徨っていれば時間をつぶすのは容易である。
さて、葉緑体のウィンドウをまた増やそうかなと思って中身を見てみる。
☆☆☆ Suger Dimension ☆☆☆
糖: 1505 g ( 2.01 g / s)
葉緑体 Lv.1: 2010 g (1 g / s) [生成]
葉緑体 Lv.2: 1 g [生成]
葉緑体 Lv.3: 0 g [生成]
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ほーん。葉緑体 Lv.2 がまた増やせそうなので増やす。
葉緑体 Lv.3 を生成するには何が必要なんだろう?
『葉緑体 Lv.2 を 1 g 生成しました』
『葉緑体 Lv.3 を生成するには、糖が 1 t 必要です』
1 t というのは 1000 kg, 1,000,000 g のことらしい。
気軽にやっていこう。
――――――――――。
しばらくすると、自分の体が大きすぎて海の流れで支えきれないことに気がついた。
なるべく表面積を広くして細くすることによって調節する……が、海の広い範囲を覆ってしまう形となる。
魚たちにもつつかれる頻度が増えてきた。つつかれるとその部分の葉緑体がこわれてしまう。
それでもなんとか生成を続ける。
☆☆☆ Suger Dimension ☆☆☆
糖: 1000 kg ( 605 g / s)
葉緑体 Lv.1: 605 kg (804 g / s) [生成]
葉緑体 Lv.2: 804 g [生成]
葉緑体 Lv.3: 0 g [生成]
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
なんとか貯まったので葉緑体 Lv.3 を生成!
『葉緑体 Lv.3 を 1 g 生成しました』
『葉緑体 Lv.4 を生成するには、糖が 1 kt 必要です』
すると猛烈な勢いで水が消失していく。
近くの水が光合成に吸い取られていくらしい。
周りからの水の流入によってなんとかまかなっている状態である。
自分の体で光を遮ってしまっているので、海の中は見えない。
しかし、葉緑体 Lv.2 が毎秒生成されることによってちょっとずつ糖の発生も早くなっているように思う。
ウィンドウの値を眺める。
ぼちぼち葉緑体 Lv.3 が押せるようになったら押す。
その繰り返し。
どういうことか、葉緑体 Lv.4 が選択できるようになるタイミングは早かった。
糖はすぐに溜まっていく。
『葉緑体 Lv.4 を 1 g 生成しました』
『葉緑体 Lv.5 を生成するには、糖が 1 Mt 必要です』
葉緑体 Lv.4 は、周りの水を吸い込んでいく。
大量の水が泡となって消えていく。
これまでは静かだったが、今やシュワーという音が存分に聞こえる。
自分の体が大きくなりすぎて、お魚さんのことに関心もなくなってしまった。
同じような地形が繰り返しているだけである。
魚もよくある魚が色々な場所にいるだけで、面白みはない。
なんだかつまらなくなってきた。
早く終わらせないといけない。
『葉緑体 Lv.5 を 1 g 生成しました』
『葉緑体 Lv.6 を生成するには、糖が 1 Gt 必要です』
『葉緑体 Lv.6 を 1 g 生成しました』
『葉緑体 Lv.7 を生成するには、糖が 1 Tt 必要です』
――――――。
無心でウィンドウと向き合っていると、気がつくと海水が減少していることに気がつく。
僕は深海とよばれる場所に入っていた。
彼らは目玉が飛び出したり、ふにゃふにゃしてぐったりしている。
水圧が足りないのかもしれない、とふと思った。
浅い海に居た子たちはどこへ行ったのだろうと考える。
すっかりいなくなってしまったか、深い海の部分で生き延びているのだろうか。
海面より上になったサンゴ礁は灰色の骨になってしまった。
しかし、僕はこのウィンドウと向き合うことをやめられない。
自分の糖を増やし、指数関数的に体をぶくぶく大きくしていくことには、なぞの依存性があるらしい。
ふと、ウィンドウの中を探ってみるとヘルプのボタンを発見した。
いろいろ読んでみる。
『葉緑体 Lv.7 があると、糖の量が時間に対して7次関数的に比例します。糖が生産されるということは、水と二酸化炭素の減少もそれくらいです』
『費やした時間はもとに戻りません。世界がもとに戻ることはありません。あなたは何かを失いましたか?』
なるほど。
それを読んでいる間にも、海水が底を尽きそうなことに気がついた。
海は干上がる。
海の上を這いつくばる巨大な緑色の単色の海藻がそこに残された。僕である。
僕は糖こそあるものの、水も二酸化炭素もないので呼吸ができない。
息が苦しい。
すべてを食いつぶしてしまった。
何もせずに、のどかな海を見ているくらいがちょうど良かったのかもしれない。
ウィンドウが光る。
『おめでとう! 海が干上がりました』
そしてボタンが表示される。
■■■■■■■■■■
[BREAK THE SEA]
■■■■■■■■■■
僕はそのボタンを押した。
<実績解除:海が干上がりました>
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