第四章 継承
第二十七節 変態 変体? 編隊!
口から肛門までを快感が貫いた。
四肢に絡む美が細胞の隅々までもぐり込む。
満ちる至福がすべてを溶かして作り替えていった。
愛しさと溶け合ったとき、急激な落下に鼓動が高まり、目が覚める。
柔らかに跳ね、転がって、ねばつきに動きを止めた。
仰向けで
──糸? これが守ってくれたの?
体を取り巻く蜘蛛の巣のようなものに手を伸ばす。
枝分かれる
──破れるかも!
つかんで左右に引く。綿菓子みたく引き裂けた。
ひんやりした外気と共に岩の
──どこなの、ここ。
一見して洞窟の中なのに白く明るんでいる。
上半身を起こした。
──服を着てない!?
糸まみれの体は全裸。靴も履いていない。
網のベッドから立ち上がる。
──なにこれ!?
枝分かれる光の網に目の前が覆われていた。
天井、壁、地面──至るところから垂れ下がって伸び上がる根が脳のように
──原生林が作って伝えた膨大なエネルギーが蓄積されているみたい。
光を視線でなぞり下げていくと。
──ミイラ!? ううん、生きているの!?
根の集合の下端には、ひからびた裸身の少女たちがくくり付けられていた。
数は百人以上だけれど、姿には差異がある。
豊かな肉付きを残した子。
溶けた皮から
体幹に虚ろな空洞を見せた子。
骨も根と見分けがたくなった子。
死体の持つ変化の階調があらわになっていた。
──この根って
「ここが中枢」
脱中心化された根と菌根の網にはそんなものはないはずなのに。
「私、変えられてしまったの」
──溶けて養分にされなかったってことは、
屋根から雪が落ちるような音が連なった。上端に実る繭が次々と落とされていく。
糸の網を破って裸身の少女たちが現れ出す。
──私と同じ。
立ち上がり出す無数の
──
現れた中に見知った姿を見つけて、ほっとする。遠くには
三十人近い少女たちは取り乱しもせずに輝く根に向き合う。皆、
想いは
陶然の中でも心は彼女を
──どこにいるの。
立ち並ぶ裸身は皆十代なかばの盛り。少女から女に変わろうとする
──それでも分かる。
ひときわ整ったモデル体型に、背まで達した黒髪の
裸足で岩肌を蹴って少女たちのあいだを縫い走る。こちらに気づいた礫と真理亜の視線を感じながら、裸身の後ろに立ち止まった。
機能を維持した体が振り向いて、変らぬ美貌がこちらを認める。
「
左手を引かれて抱きしめられた。密着した
灯の右肩にうずまる
「よかった。救ってあげられなかったと思っていたの」
「小夜も栽培者になれたんだよね」
「そうね。気づいたら、あの繭の中だった」
「私もだよ。真理亜様たちも」
「無様なものね。結局、この樹には勝てなかった」
「でも、まだ生きてるんだから、大丈夫だよ」
柔らかに抱き返すと、小夜の背から緊張がほどける。
上がった顔がこちらを見つめて、
「本当、能天気ね、
「え、なに、どうしたの急に」
めったにない褒め言葉に心が乱れた。
「灯ちゃーん、小夜ちゃーん!」
「礫!」
駈け寄ってきた精悍な体が立ち止まって、
「ねえ、なにあれ、やっばいよ。全部死体なの!?」
真理亜もグラマラスな体を歩ませてきて、
「
亜麻色の髪を払った美貌は陶然としている。
──みんな、栽培者になっても変わらないんだな。
眠りから覚めたように周りの子たちもざわめきだす。耳に入ってくる声からも皆意識の明晰を取り戻していることが分かった。
──狂戦士でなくなったのは良いけれど。
改めて途方に暮れる。
警備室に乱入した子たちにここまで連れ去られ、根に取り込まれて栽培者に変えられた。その推測は当たっていそうだけれど。
──じゃあ、
あれほどの殺意を込めた強襲──命を取り留めているかも疑わしかった。
伏せた視線で見つめていた影がなくなる。岩の地面が白く染まっていた。
──なに!?
仰ぐと、中心にある巨大な
膨大な根の網が
恒星めいた
森の脳を思わせる根塊に縦一筋の光が走る。
小陰唇
根を伝う
縦に裂けた根塊の中に裸の童女が立っていた。
ほっそりした体は十歳ほどのもの。
根を伝い降り出す姿は、一見、迦陵様にも思えたけれど。
──尻尾が。
巧みな下降はお尻から生えた尾のため。
童女は地面に立つ。
怖ろしいほどの麗姿だった。
──この世にある価値のすべてが凝集されてるみたい。
「オリジナルの迦陵様? まるで
小夜がつぶやく。
──日本神話に出てくる
濡れそぼった姿が歩み寄って、無垢な顔が微笑んだ。
『ようこそ、新しい森の民たち。我々は貴女たちを歓迎します』
可憐な唇に動きはない。
──直接意識に響いた声なんだ。
三十人近いすべての心に届いたのだろう。ざわめきが静まって歓喜の深さが広がっていく。
『森は貴女たちに知識の
奥を指し示した童女は背を向けて歩いていく。
愛しさが心に満ちた。運命に
小夜の左腕に右腕を絡める。
雄渾な根のアーチをくぐると、岩壁の大穴に微光が
洞窟を裸で歩いているのに不安はない。湧き起こるのは希望。
この先に進めば高貴に触れることができる。そのとき人は、より優れた
皆との歩みの中で灯は確信していた。
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