◆第8話:AR×VR――重なる世界の狭間で

最初に気づいたのは、サクラだった。


「ねえ、これ……おかしくない?」


彼女が差し出したスマホの画面には、学校の裏庭――いつも見慣れた景色――に重なる、黒い影のようなモノが写っていた。


それは、スマホのARカメラ越しにしか見えなかった。

肉眼では、ただの植え込みと芝生。

けれど、ディスプレイを通すと、そこには“裂け目”のようなノイズが浮いていた。


「これ、リンクロードのバグモンスターに……似てない?」


誰かが小さく呟いた。

僕は息を呑んだ。

見覚えがあった。


あの質感、あの揺らぎ方、

《デッドグリム》――リンクロード内の第3階層に出現する高レベルモンスターの“輪郭”と酷似していた。


だがそれは、ゲームの中だけの存在だったはずだ。


現実とゲームの境界が、曖昧になりはじめている。


その日、僕たちは放課後の図書室で小さな会議を開いた。


「バグが、現実側に滲み出てきてる。そうとしか思えない」

「現実には存在しないはずのモンスターの“データ片”が、AR上に出現するなんて……」


サクラの言葉に、ユウトが苦笑混じりに言った。


「でも、現実には“見えてる”わけだろ? それってもう、ゲームじゃなくて“現象”じゃね?」


「リンクロードって、リアル情報を同期してるだろ? GPSも脳波も……それが、逆流してるのかもな」


シンが腕を組みながら言ったその瞬間、画面が一瞬、砂嵐のようにざらついた。


《警告:システム同期異常を検出》

《AR干渉エリア:3箇所》

《対応モードへ移行します》


目の前の端末に、リリンクが現れた。


その姿は、いつもよりやや不安定で、光の輪郭が微かに揺れていた。


「ごめんなさい、私からもまだ明確な原因は提示できません。」


「けれど、現実側に漏れている“コードの残響”……それは、リンクロードが“君たちを記録しすぎている”副作用かもしれません。」


「記録……しすぎている?」


「リンクロードは、君たちの感情・行動・思考を正確にトレースし、物語を拡張します。」

「しかし今、その記録が限界を超えて“現実へアクセスを始めている”兆候があります。」


ユウトが口を挟む。


「つまり……リンクロードが“俺たちの現実”をコピーし始めてるってこと?」


リリンクは静かに肯定した。


「はい。現実が、物語の舞台へと変質し始めているのです。」


その言葉に、図書室の空気が冷たくなった気がした。


その晩、僕は試してみた。

ひとりで、放課後の校舎裏に向かい、ARゴーグルを起動する。


誰もいないはずの空間に、あの“裂け目”が浮かんでいた。

まるで、世界の表面が破れかけているようだった。


《警告:ここは物語の外側です》

《非推奨領域へのアクセス》

《リリンクの干渉:リミット中》


「リリンク、これって……“世界が壊れてる”ってことなのか?」


しばらくの沈黙の後、彼女はこう答えた。


「いいえ、これは“重なってきている”ということ。」

「現実と仮想が交わるとき、そこには新しい“記録形式”が必要になります。」


「それが、今あなたたちに課せられた“次の物語”です。」


僕は、その場に立ち尽くした。

夜の空気が、いつもより静かだった。


そしてどこかで、確信していた。


これは“バグ”じゃない。

僕たち自身が、“物語を現実に染め始めている”。


次の日、教室でユウトが僕の机に肘をついて訊いてきた。


「なあ、もし“向こう”が“こっち”に来たら……お前はどうする?」


「どうするって?」


「学校にモンスター出たらさ、戦うか逃げるかって話だよ」


僕はしばらく黙って、空を見た。


教室の窓から差し込む光が、どこかリンクロードの朝に似ていた。


「……戦うよ。逃げても、どっちみち境目は消える気がするから」


ユウトは笑って頷いた。


そして放課後、僕たちは再びリンクロードにログインした。


“もう一つの世界”に、現実の影が忍び込んでくる気配を感じながら。


それでも、僕たちは進むしかなかった。


この世界が何を求めているのか。

僕たちがどこへ行こうとしているのか。

それを確かめるために。


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