第49話 正式に末永く私と付き合ってください、お願いします

 俺と御世ちゃんは一日乗り放題を良いことに、アトラクションにこれでもかと乗りまくった。


 気づけば、陽が落ちて、外が暗くなっていた。

 日中は家族連れで溢れていたが、夜になると客層の多くがカップルへと切り替わり、アダルトな雰囲気が流れていた。


「次のアトラクションがラストかな~」

「時間的にもそうだね」


 時計を見ると、午後七時前。

 午前十一時前に遊園地に入ったから、正味、八時間以上は遊園地で過ごしていたことになる。

 それは同時に、八時間以上も御世ちゃんとデートしていたことになる。

 俺としてはこの上なく楽しかったが、果たして御世ちゃんは楽しんでくれたのだろうか。

 デートは片方だけが楽しんでいたって意味がない。両方が楽しんでこそ、初めてデートというものが成立する……多分。

 ちらりと横を見ると、楽しそうにしている御世ちゃんの綺麗な横顔が見えた。

 視線を下にやると、握りあっている俺と御世ちゃんの手があった。

 指と指が絡み合い、手が密接に触れ合っている。恋人繋ぎだ。

 彼女の温度や熱が一秒も逃すことなく伝わってくる。

 外気はみるみる冷たくなっているはずなのに、俺の体温はみるみる熱くなっていく。


「ねえ、せーので最後乗りたいもの指さそうよ。被る気がするんだよね」

「うん。なんかそんな気がする」


 せーの、で俺たちが指さしたのは、綺麗にライトアップされている観覧車だ。

 相談こそしなかったものの、俺たちは示し合わせたように、遊園地のメインアトラクションの一つである観覧車に今までノータッチだった。

 観覧車は最後に取っておきたい、という二人の思惑が一致したのだ。


「やっぱりそうだよね!」

「遊園地のデートって、最後は観覧車っていうイメージがあるよ」

「じゃあ、いこっか」

「うん」


 そうして俺と御世ちゃんは観覧車に乗り込んだ。


 観覧車に乗り込むと、俺と御世ちゃんは向かい合わせで座った。

 狭い空間に密室。

 小さい頃は何の疑問も持たなかったこの空間も、今ならその意味が痛いほど分かる。

 御世ちゃんと観覧車で二人きり。そんなシチュエーション、ドキドキしないわけもなく……。

 俺の心臓は今にも張り裂けそうだ。


「吾郎君、見て見て。私たちが乗ったアトラクションが見えるよ」

「ほんとだ」


 身体を捻らせて、窓ガラスに張り付けるように顔を乗り出して、観覧車から見える外の世界を見る御世ちゃん。

 なんだか子どもみたいで可愛らしい。

 御世ちゃんに言われた通り、外を眺めると、遊園地のアトラクションがライトアップされていて、夜バージョンの遊園地になっていることが見て取れる。


 観覧車の高度が上がり、アトラクションたちはどんどん小さくなって、ミニチュアみたくなっていく。

 俺たちが乗っている観覧車が中腹にまで差し掛かると、遊園地を飛び越え、街の様子が見え始める。

 ライトアップした綺麗な街並みが、一面に広がっている。


「すごっ、街まで見えてきたよ」

「ほんとだ」

「私の家、見えるかな~」

「あれだけ大きな家だったら見えそう」

「どこだと思う?」

「あそこらへんかな」

「あー、そっちかー。私はこっちだと予想!」

「なるほど。そっちの可能性もあるね」


 街に向けて指をさしあって、観覧車の中でわちゃわちゃ言い合っている。

 一生この時間が続いてほしいが、観覧車の時間は有限である。

 そんなかけがえのない時間を過ごしている矢先、御世ちゃんが切り出した。


「ねえ、吾郎君」

「なに?」

「付き合った時に私が言ったこと、覚えているかな? 私の吾郎君に対する『好き』は男性としての好きなのか、どうなのかって話」

「うん、勿論」

「その答え、言うね」


 生唾をごくりと飲み干す。


 答え合わせの時間だ。彼女と付き合った当初にそのことを言っていたから、この時間がいつか来ることは覚悟していた。

 覚悟していたが、いざこの直後にそれが判明するとなると、不安に押しつぶされそうになる。


 仮に、御世ちゃんが『男性として好きではなく、人として好き』と結論付けた場合、この関係は終わってしまう。


 そんなのは絶対に嫌だ。御世ちゃんとはずっと一緒に居たい。当然それは今の恋人同士の関係で。


 ただ、それはこちらのエゴだ。

 恋人という関係はお互いの気持ちが一致して初めて成立する。

 仮に彼女がこの関係をやめたいと思ったのなら、それは快く受け入れなければならない。


 嫌だけど……それは仕方のないことだ。


 心が滅茶苦茶になりそうになるのを何とか抑えていると、御世ちゃんは言葉を紡ぎ始めた。


「私ね……前も言ったと思うけれど、人付き合いが苦手で、友達すらもまともにいなかった。人と接していると、理由もない苦しさに苛まれていた。

 ここ最近、ずっと吾郎君と一緒に居て、全く苦しくなかった。本当に純粋に楽しくて、自分の素を曝け出せて、今日とかも、楽しくならない瞬間が無いくらい楽しくて……幸せを感じることが出来たんだ。

 吾郎君は、私を全く不快にさせないし、凄く気遣ってくれるし、寄り添ってくれるし、それがかっこよくて……こんな素敵な男性の方ってなかなか居ないのかなって。

想像したんだ。もし、これから先、吾郎君が彼氏に居続けてくれるのならば……これ以上の幸せはないって心からそう思ったよ。しかも、私の全てを理解してくれているしね。


 だから、今度こそ正式に末永く私と付き合ってください、お願いします」


 その『答え』を聞いた俺は、自然と涙が溢れ出る。

 わんわんと声が出そうなくらい、号泣する。

 ああ。俺は今、世界で一番幸せ者だ。


 俺は涙を拭いて、拙い言葉で、精一杯、彼女・一ノ瀬御世ちゃんに想いをぶつける。


「俺にとって御世ちゃんは『推し』だった。だから、もちろんきみのことはずっと好きだけど、それは『推しの好き』なのではないか、ってずっと自問自答を繰り返してきた。

 でも、俺も最近、『一ノ瀬御世』という等身大の女の子と過ごして、確信したんだ。俺は学校で見せるクールな『一ノ瀬御世』も、俺の前だけで見せる優しくて一緒に居て楽しい『一ノ瀬御世』も、さてぃふぉとして動画配信を頑張る面白くてかっこいい『一ノ瀬御世』も、全ての『一ノ瀬御世』が好きなんだ。

 ずっと一緒に居たいし、毎日触れ合っていたい。そんな気持ちが溢れずにはいられない。本気できみを幸せにしたいし、きみのためになら命を張れるし、全てを捧げたいと心から思う。

 俺の方こそ、付き合ってください。お願いします」


 真摯に頭を下げる。


 御世ちゃんの瞳からは涙が溢れ出ていた。

 世界一美しい水滴が、ぽたっぽたっと滴り落ちる。


「隣、行っていいかな」

「……うん」


 俺は御世ちゃんの隣に陣取る。


 肌と肌が触れ合い、お互いの心音が聞こえてくる。

 磁石のように、俺の顔と御世ちゃんの顔が引き寄せられる。


 観覧車は頂上へと向かう。


 頂上に到達したと同時、俺と御世ちゃんは唇を重ねた――。

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