第38話 デートに行きたいな

「握るよ?」

「うん」


 初めて握った、彼女・一ノ瀬御世ちゃんの手。

 彼女の手は思った以上に小さくて繊細だった。ひんやりとしていて柔らかい。

 思っていたよりもずっと華奢な手だった。この手で、あれだけのチャンネルを作り上げたという事実に改めて震える。今後は俺が支えていかないと。


「吾郎君の手、温かいね」

「御世ちゃんの手は冷たい」

「同じ場所にいるのに、これだけ体温が違うのって不思議だね」

「だね。ねえ、御世ちゃん。さすがに眠い」

「確かに。うげっ、もう三時過ぎ……」

「マジか。まあ、これだけのことがあったんだ。そうなるか」

「とりあえず、たくさん寝よう。明日は学校休みだしね」

「昼まで寝てそう」

「いいね。私も、久しぶりのオフだから、一日中寝ていたい」

「それな。明日も御世ちゃんの家にいていいの?」

「当たり前じゃん。私の彼氏なんだし!」

「彼氏か……。その言葉って現実に存在するんだな」

「なにそれ。陰キャすぎて思考がおかしくなってるじゃん。まあ、私もだけど。人と付き合えるなんて思わなかった」

「俺も、自分が彼女作れるなんて思ってもみなかった」

「そんなこと言って、すぐ他の女のこと好きになって、フらないでよ」

「そんなことしないよ! 俺からは絶対にフらない」

「えへへ……ありがとう。ねえ、吾郎君」

「なに、御世ちゃん」

「デートに行きたいな」

「いいね。行こう。どこか行きたいところある?」

「うーん、映画に~、ショッピングに~、公園に~、海に~、ああ~、行きたいところが山ほどあるよ!」

「明日、考えてみない?」

「いいね、それ。じゃあ、明日はデートの計画だ」

「最短で明後日いけるよ。日曜日だし」

「日曜日行こう!」

「土曜日デートの計画立てて、日曜日デートに行く。最高の週末だ!」

「何なら土曜日は家デート?」

「そうなるな。その理論で行くと、今日も家デート?」

「今日は仕事です」

「さすがは一流動画配信者。面構えが違う」

「吾郎君は裏方ずっとやってくれるの?」

「うん。公私ともに御世ちゃんを支えたいから」

「よろしくね。私と吾郎君で動画界の天下とろうよ」

「ビジネスもプライベートもパートナーってすげえいいかも」

「どんな動画撮ろうか?」

「それはいろいろ考えておくよ。今日一つレパートリーが減ったし」

「ごめんて! また気が向いたら《マジテマオンライン》やるからさ!」

「その『気が向いたら』は世界一信用できません」

「さすが吾郎君。私のこと分かってるじゃ~ん」

「褒めてません。気まぐれお嬢様と共にやるの先が思いやられる」

「付き合った初日に、ネガティブなこと言うのやめてもらっていいですか?」

「ごめん。好きだよ」

「ふぬぅ……! 私も好き」

「さすがに本当の意味での好き同士で良いんじゃないかな、俺たち」

「なんだか私もそう思ってきた」

「これからたくさん楽しいことしよう」

「うん! ねえ、カップルって何するんだっけ?」

「俺に聞かれても困るよ。今まで彼女いたことないんだし」

「じゃあさ、二人で考えていこうよ!」

「それが一番だね。今後とも末永くよろしくお願いします」

「こちらこそ。あー、なんだかこれからの楽しい未来考えると、興奮して眠れなくなってきた」

「それな。とはいえ、明日や明後日に備えて眠らないと」

「だね!」

「じゃあ、お休み」

「ねえ、いつまで手握ってるの?」

「はっ! ご、ごめん! つい……」


 御世ちゃんの指摘で彼女の手を握り続けていることに気づいた俺は、パッと手を離す。

 だが、御世ちゃんは再び、俺の手を握りしめる。


「いいよ。ずっと握ってよ?」

「ありがとう。なんか御世ちゃんの手を握っていると、安心感を覚える」

「私も。吾郎君の手を握っていると、安心する。ぬいぐるみを抱きしめている時に似てるかも」

「俺はぬいぐるみかい」

「じゃあ、本当にお休みなさい」

「うん。お休み」

「吾郎君、目瞑って」

「うん」


 言われた通り、目を瞑ると、俺の頬に瑞々しく柔らかな感触が伝わった。

 生まれてこの方、感じたことのない感触だった。


「裏方やってくれてありがとう。そして出会ってくれてありがとう。そして私の彼氏になってくれてありがとう」

「~~~ッッ⁉」


 それは御世ちゃんの唇だった。


 その魔法のキスによって、俺の意識は夢の中へと移った。

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