第3話 砕ける音


 ここは隠れ家・七だ。ベランダから入り込んだエメットは、まず部屋を荒らされていないかを確認した。入り口の鍵は新しく取りつけ、廊下からの侵入はさせず、自分だけがここに入れるように改造済みだ。朽ちていたベッドも直した。布も持ち込み、ここで眠れるように整えた。遺跡探索をする際、こうした拠点は疲れを取るのに大事だ。調理場らしいキッチンは操作がわからなかったので分解し、構造を学んだ。結局それを起動するためのエネルギーが供給されていないことがわかり、パーツは持ち帰り、空っぽになった場所に鉄板をはめ込み、勝手に竈にした。雨水を濾して飲めるようにし、レバーを引けばその水がここに来るように工夫し、ある程度生活環境を整えてある。ここまでにするのもそれなりに時間が掛かったが、必要に迫られてのことだった。

 間取りはワンルーム。入り込んだベランダから見える寝室、キッチン、水の出ない、恐らくシャワールームへの扉。内側から鍵を開ければ遺跡の居住区へ出られる扉。ハンチング帽へ髪を収め直し、エメットはそっと内鍵を外し、物音に注意して外へ出て、鍵を掛け直した。


 居住区だった場所は似たような扉が多く並んでおり、いくつかは既に誰かが荒らし、外壁が崩れたせいで雨風が入り込み、朽ちている部屋もあった。その中でエメットが選んだのはかなり奥の方で、既に探索済みとして捨てられたエリアだ。物のない場所に人は来ない。それを利用した。同じことを考える技師は多いが、エメットが敢えて罠を修復した甲斐あって、あそこは何もないが罠だけは生きている、とハズレ扱いだ。その噂を流したのも罠を直した本人だ。だからこそ、罠に引っ掛からない。


 まずは研究者を探す。昇降用に用意した鉄の棒を『ボウガン』で掴み、シャーッと降りていく。何度かそれを繰り返せば正面入り口のホールまではすぐだ。そっと天井の梁を歩いて見下ろせば研究者が護衛と、ロゾネ一家と共にいた。

 正面玄関を入ったホールもまた広い。横にいくつもの扉があり、正面を向けば左右に広がる立派な石階段がある。埃と削れた石の欠片で足元は悪いがその上を歩くことはできる。エメットはそっと耳を澄ませた。


「約束の品がないとは、どういうことだ?」


 神経質そうな男の声がホールに響く。たしたしと地面を足先で踏む度に埃や砂が舞う。ただでさえ光に透けて見える程埃が舞っているというのに、あの男の足元だけがさらに酷い。


「盗まれたんだ、だが盗んだ張本人がここに来るはずだ」

「盗まれた!? 貴様、それでは話が違うではないか!」

「同じことだ、盗人がここにそれを持ってくる」

「じゃあその盗人はどこにいると言うんだ!」


 キンキンと頭に響きそうな怒鳴り声に耳を塞ぐ。ロゾネ一家はエメットを追いかけていたボスのような男と、腹心が二人。エメットはかちりと望遠鏡を取り出してホールに居る人物を観察した。追われている時はよく見えていなかったが、ボスらしい男は随分若く、エメットと年は変わらない。恐らく、二十二、三くらいだ。都ボーイに憧れているのか洗濯が大変そうな白いシャツ、ベストなどを着て、その上に生地の厚いコートを着ている。フォートの街ではズボンの裾が汚れるので皆ブーツの中に入れているのだが、わざとブーツから出しているのが厭味ったらしい。ヘアオイルでまとめているのかオールバックにした金髪は艶やかで貴族への憧れもありそうだ。偉そうにしているが、エメットには少し見栄っ張りなように見えた。

 ボスらしいその男が、だから、と同じ説明を繰り返しているのを聞いて、エメットは臍を噛んだ。どこで情報が漏れたのかと手を握り締める。ロゾネ一家はここに来ることを知っていた。エメットが考えたことを奴らも考え、かつ、エメットがあれをドブに捨てないだろうと予想して事を運んだらしい。くそ、と内心で吐き捨てて撤退を考えた。梁の上を音を立てないように気をつけて戻り、隠れ家・七を経由して出ていくつもりだった。長年この造りを支えていたものがキシリと小さな軋み音を立てた。


 周囲を見渡していた護衛が、素早く顔を上げ、腕に持っていたものを構え、撃った。エメットは走った。


「嘘だろ!」


 チュイン、バババッ、と自分の足があった場所が撃ち抜かれる。銃だ。それも連射ができるタイプの。フォートの街でも武器商人が流行りだと言ってはいたが、実物を見たのも向けられたのも初めてだ。


「やばい不味い、『ボウガン』撃ってる暇がない……!」


 上に逃れるにしても鉄の棒を狙う一瞬が必要だ。走りながらやれるか。やるしかない。


「頼むぞ『相棒』!」


 さっと上に向け、昇降口の上にある鉄の棒へ撃ち込もうとした。相手がただの護衛であればそれも叶った。だが、そうはいかなかった。梁を走るエメットの前に、ザッと護衛が一人現れたからだ。

 ぎょっと目を見開いて足が止まる。ここまで三階ほどの高さがあるんだぞ、と冷静に考える部分と、ただただやばいやばいやばいやばい、と繰り返す部分があった。追い詰めたネズミに弾は勿体ないと言わんばかりに銃撃は止んでいた。ごとり、と護衛の硬いブーツの音が梁の上で響く。エメットはじりじりと後退し、逃げ道を思案する。


「あれがそのネズミだ」


 ロゾネ一家の男が嘲笑を含んで言い、研究者はふむ、と眼鏡を直した。


「殺さずにここに連れて来い」

「ふぅ、それは有難い」


 すぐには殺されないだろうが、例の赤い玉を渡せば即座に用済みだ。目の前の護衛は足元を確認もせず、悠々と距離を詰めてきて、捕まえようと腕が持ち上がった。

 その時、ホールの方で、ギャッ、と悲鳴が上がった。


「お前はなんっ!」


 グシャッ、と音がして研究者が鼻を潰されて埃を立てながら倒れた。視線がエメットにいっていたからこそ大きな隙を突いて、赤い色が駆け巡った。仲間同士の誤射を防ぐためか銃は使われなかった。銃を持つ腕の肘関節を内側から肘を入れて曲げ、銃を離した隙に腕を掴んで持ち上げて、落とす。ドシャッと重い音がしたその顔面を踏み抜いて、ヘルメットが割れる音か、バリンと音が響く。間髪入れずに次の護衛に飛び掛かり、首を折る。ナイフを手にした護衛の小さく細かい動きを手で払い防ぎ、ナイフを弾くのと同時、手甲を着けた腕でその顎を砕く。バキャン、と聞き慣れない音が響いた。エメットは目の前の護衛が階下に気を取られている間に、その膝を横から蹴り飛ばした。さすがに体勢を崩し、それはそのまま落ちていき、ガシャン、と砕ける音がした。


「うわぁ! 来るな!」


 一瞬目を離した隙にホールの制圧は済んでいた。ロゾネ一家も砂埃でいっぱいの床に昏倒し、今はボスが貴重な短銃を狙いもつけずに撃ちまくっていた。指の角度、銃口の角度、その反動を計算すれば避けられるよ、と言った親友の言葉を思い出しながら、エメットは飛び降りて梁に『ボウガン』を撃ち、抵抗なく降り立った。撃ち切った短銃はカチッ、カチッ、と情けない音を立て、軽い蹴りでそれを弾かれた。赤い髪の、優しい顔をした親友がホッとした顔でこちらを振り返った。


「レオ!」

「エメット、無事でよかった」


 思わず抱きしめれば、あはは、と軽い笑いが返ってきて、さっと離れた。周囲で倒れている奴らを見渡し、一人尻もちをついてガタガタ言っているボスらしき男へ歩み寄る。


「誰から俺がここにいるって? どこで裏切られた? あの赤い玉はなんなんだよ」


 ヒィッ、と男は歯を震わせてレオを見ていた。護衛を殲滅し、銃を突き付けられながらも悠然と近寄ってきた優しい顔のレオに恐怖を抱いたのだろう。レオは肩を竦めて一歩下がった。エメットは倒れているロゾネ一家の腹心から短銃を奪い、突きつけた。


「答えろ、でなきゃ撃つ」

「わか、わかった! ジャンク屋の親父だ! お前が俺たちを釣りたいと言ったあの店だ!」

「クソッ! マジかよ!」


 じゃあ最初からじゃねぇか、と叫び、エメットは改めて銃口を向けた。レオがそっと囁いた。


「ジャンク屋の店主から、悪かった、って伝言が届いて、慌てて来たんだ。あの二人は安全なところに隠してきたよ」


 そのおかげで助かったと感謝すればいいのか、恨めばいいのかわからなかった。仲間が無事なのはよかった。さすがレオだ。


「レオ、外にも護衛居ただろ。フォートの街の技師は?」

「技師は外で死んでる。護衛が容赦なく撃ってた、だから俺も、そのつもりで戦った」


 やったやられたは死ぬ方が悪い。良い家柄の者を相手にしない限り、法はこちらを裁いてはこない。一先ず、レオの戦い方の理由も分かり、同士が殺されたことも分かった。


「それで、あの赤い玉は?」

「あれはどこにあるんだ」

「聞いてるのは俺だ!」


 バンッ、と天井に向かって短銃を撃つ。小さい割りに思った以上に反動があって肩が痛くなったが、顔には出さないようにした。そういえばこいつも両手で持ってたっけな。男は小さな声で、わかった、わかった、答える、と言いながら両手を組み合わせた。


「都の方で文献が見つかったんだ、古代文明の、制御装置の文献だ。文献によると、制御装置と、制御される側の遺跡が別になっていて、あの赤い玉は制御するためのもので、都の近くの遺跡で発掘された。頼むからそれを俺に向けるな」

「続けろ」

「わかった! ……文献が正しいかはわからないが、制御される側の装置はここにあるらしい。それで、今回、この遺跡に研究者が来た」


 あの赤い玉が制御するためのもの。制御されるものがここにある。それはいい、けれど納得がいかない。


「なんでそんな大事なものを、都の兵隊じゃなくて、お前みたいな小悪党が運び屋をやってんだよ」

「小悪党だと!? ロゾネ一家をなんだと思ってる!」

「フォートの街で威張り散らしてる小悪党の一味の一つだろ」


 カッと男の顔が赤くなるが、すぐさま青くなる。銃口を向けられていることを思い出したらしい。これはなかなか脅迫に良い道具なのだなと思っていたら、レオに突き飛ばされた。


「エメット、危ない!」


 パパパッ、と軽い銃の音がした。耳のすぐ横をヒュッと抜けていく何かにパッ、と熱を感じた。床に倒れ白く汚れながら体を起こす。レオ、と名を呼んだはずが耳がキィンと鳴っていて自分の声が遠かった。倒れたレオは、腕を突いて震えながらその身を起こそうとしていた。

 ジャリ、ジャリ、と足音がした。レオが顔面を踏み抜いて倒したはずの護衛がいつの間にか起き上がり、銃を手にしていた。パラパラと落ちる破片、その奥に赤く光る豆電球のようなものがあった。

 ――人じゃない。

 そういえば、梁から落ちた奴も音がおかしかった。レオが倒した奴らも骨が折れる音も、砕ける音もいつもと違った。これはいったい、なんなんだ。

 銃口が下げられ、エメットの胸倉を掴んで持ち上げられる。うっ、と服が引き寄せられて首が絞まる感覚に呻いた。

 レオの傷の手当てをしなくちゃいけないのに、畜生、放せ。エメットは腕を伸ばし護衛らしきものの顔を掴む。人間であればこうして親指を眼球にでも入れれば手を放すのに、それは微動だにしない。くそ、とエメットは腰の工具箱からドライバーを取り出して、そこに差し込んだ。このなんだかよくわからないものに、人間と同じように頭に中枢機関があれ、と狙っての一撃は、バチンッ、と音を立てたことで予想が当たっていたことが示された。しかし、そのまま活動をやめられてしまい、首が絞まったままだった。

 マジかよ、と意識が遠のいていく。畜生、ともう一度呟いたところで諦観からそっと顔を上げ、エメットはパッと弾ける光を見た。

 それから、大きな衝撃を感じ、意識を失った。


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