第5話 彼女のもの
エレベーターの扉が開く。彼らの目の前に現れたのは、停止している黒い円盤だ。
「「映画で見たやつだ!」」
ロマン艦長とアキトの脳裏をよぎったのは同じ映画であり、リュビンは一人取り残される。
「攻撃は、あと五時間で始まる」
「モールス信号のシーンか。あの映画を見た時、私が子供だったら空軍に志願していたなあ」
二人が楽しげにおしゃべりを始めたところで、リュビンはその見覚えのある円盤の前へと歩みを進めた。
「ちょっとその脚立貸してください」
「どうぞ、天板に乗らないでくださいね」
借りた脚立を引きずり、展開してリュビンは機体の上に乗った。そのまま慣れた手つきでハッチを開き、機体の中に侵入する。
そして、狭い機内に貼られたステッカーを見つけた。
「これは、私が乗ってきたやつだ」
彼女はそのまま暗い機内で電源のレバーを見つけ、それを下げた。
発動機が作動し、機内に無機質な明かりが灯る。大きなモニター画面が点き、二人が兵士たちと映画の話で大盛り上がりする様子が映し出された。
「仲いい同期がホーネットのパイロットなんだ」
「すごい!」
「原潜の乗組員はいないのか?」
「オーストラリアにはないよ!」
彼らが楽しげにおしゃべりをする様子に不機嫌になりながら、リュビンは機体の損傷を見る。
「脱出装置が補完されている。それに、機体に新しいブースターが付いてる。案外文明レベル高いよなあ……」
機体の開いたスペースに括り付けられた通信機がノイズと共に起動する。
「お嬢ちゃん。それの持ち主は君かい?」
優しそうな老人の声だとリュビンは感じた。
「ええまあ」
「少し弄らせてもらったよ。ただ、君から話を聞きたいんだ。これがどういう航空機か」
「いいですよ。機械の話は嫌いじゃないので」
各々の話に花が咲く。その中でも、リュビンの方の話はこの戦いに必要なものだった。
「異空間アザーンを利用して、光速を超えた移動ができる。しかし、軍の装備は未成熟なんだ」
撃墜され地に堕ちた黒い円盤が彼女の脳裏に浮かぶ。
「何故だい?」
「ゼゴー星系は、単一国家ではなかった。ユーレオン帝国が50年ほど前に誕生して初めて大型艦を作った。あの戦闘機はそもそも宇宙空間で運用するための装備だし、大気がここみたいに濃いと宇宙ほどレーザーは通じない。こんな大規模な遠征は想定していなかったんだ」
今は亡き父に連れられて見学した軌道上造船所。そこで建造されている最中の大型揚陸艦の様子を思い出しながらリュビンはそう言った。
「もっと大きな船も造る。そうすればもっと帝国を大きくできる」
「そしたら、おいしいものたくさん食べれる?」
「もちろんだ」
病で急逝した父の顔が、蜃気楼のように姿を消した。
「なるほど、地球侵攻なんてのは考慮してない訳ね。その、君の機体は我々には扱えなかった。それは関係あるのかい?」
「あれは緊急用の機体だから、私の生体認証がなければ動きはしない。他はそうでもないかな。ところで一つ思い出したんだけど。ゼゴー共和国には新型戦艦があったはず」
通信機の向こうで老人は顔を険しくした。
「それは、ゲームチェンジャーなのか?」
「バリアシステムを搭載している。単純な炸薬でなら最低でも熱核反応兵器未満の攻撃は効かないくらいの」
老人は頭を抱え、メモを取った。
「弱点は知らないか? それか弱点を知っている者はいないか?」
「バリアシステムは生命体とその周りにあるものには反応しない。そして艦内には張ることができない.......私が逃げた時知れた情報はそれだけだ」
「わかった。もしもここが襲撃を受けたりしたときは君はそれに乗って脱出するかもしれない。欲しいものは用意しておこう」
「後部に機銃が欲しいなあ。逃げるってことは相手に機体の後ろを向けるってことだから。それと、この星の空力にあった形になるようにもっと形状の改良とか……」
「形状の変更は難しいな。機銃はやってみよう」
「ありがとうございます」
「感謝してもらったところすまないが、気休めにしかならないよ」
世界にディアモンと同じ姿をした潜水艦は四隻存在する。アメティスト級原子力潜水艦は、アメティスト、ペルル、テュクワーズ、ディアモンの四隻あるのだ。
東南アジアで囮として逃げ回っているアメティスト、フランスを攻める揚陸艦ガンデンガの目標役として西部のブレスト市の港に留まるペルル、シドニーに身を隠したディアモン。
残り一隻のテュクワーズは、アメティスト級をむやみにゼゴーに姿を見せられないという判断で太平洋に浮かぶニューカレドニアに逃げ込んでいた。
緑色のシートをかけられ、その上に枝葉が付けられた潜水艦が横から見ると露骨に目立っている。
「おじちゃん、あれで隠したって言うの?」
「おじちゃんじゃなくて艦長だよ。上から見たらわかんないさきっと」
乗員達も住民たちに紛れて、華麗にカモフラージュされていた。
アキト達四人はキャンベラの市内に出た。
「我々はおそらく、フィリピンとフランスでの戦いが終わるまでオーストラリアに留まることになるだろう。君たちもオーストラリア政府に生活を保障されるはずだ。これでひとまず我々の旅はおしまいだな」
「お世話になりました」
ロマン艦長の言葉に、アキトは頭を下げ、リュビンもその真似をした。
「ロマン艦長」
迎えに来たカロン副長が、自身の右手のひらを彼に見せる。アキト達はその様子をきょとんとしながら見ていた。
「そうだったな。二人とも、これがフランス式だ。また会おう」
ロマン艦長とカロン副長は自身の右手を額の前に持っていき、手のひらをアキト達に見せた。
「また会いましょう」
アキト達もその真似をした。
やがて、二人、というかリュビンの護衛の兵士に連れられて二人はホテルへと向かった。
「だいぶいい部屋だなあ」
「ふっ。私の実家に比べれば…」
「比べるもんじゃないだろ王様」
リュビンは二つあるベッドを見てすぐ、それに飛び込んだ。
「シャワーかなんか浴びようよ。それやる前に」
「やだー! ゴロゴロしながらご飯食べたい!」
「はあ、なんか買ってくるよ」
警備の兵士の一人に許可を取り、アキトはホテルの外に出た。
「待った待った。私も一緒に行く。君の護衛だ」
髪型を丁寧にセットしてダブルのスーツと子洒落た赤白ストライプのネクタイにアタッシュケースを持ったビジネスマンのような風体の男がアキトに声をかけた。
「あなたは…?」
「私は、フレッド・ミッチェル。君たちの言い方で言えば一等陸曹になるかな」
「すいません階級とか全く分かんないです」
「あそうなの、まあ行こう」
二人は街の中の食料品店に入る。
「菓子とジュースでいいかな? 夕飯はすぐじゃないけど遠くもないから」
「はいまあ、そんなとこです」
「なにを買ってくのがいいかなあ」
「グミとか」
「チップスもありだ」
口々に商品の名前を言いながら、お菓子や軽食、飲み物を二人はかごへ放り込んでいった。
十数分後、ホテルには年相応に沢山の菓子に喜びながらそれらを頬張るリュビンの姿があった。
ミッチェルがドアを少し開けてアキトに手招きする。
「なあアキトくん」
「はいはい?」
「彼女って思ったより普通の子供なんだな」
「そりゃあそうでしょうよ」
アキトは部屋を出ながら笑って答えた。
「しかし彼女も大変だな。十代かそこらの多感なときだろう。それなのに故郷を離れて」
「十七歳ですよ」
「そうか、それぐらいの歳のわりに自己形成に困らないで済むのはよさそうだがにしてもなあ。君は自分が何者になるとか考えてるのか?」
「僕は海洋生物学者になります。もう免許のために勉強してるし」
「海技士とかか。大変なんだな高校生」
「彼女ほどじゃないです。じゃあ」
アキトはミッチェルの元を離れ、リュビンの前に舞い戻った。
「このクッキーおいしいよアキト」
リュビンが放り投げたバター風味のクッキーをアキトはうまく口で受け止めた。
「ほんほは、ははーふふひへほひひひ」
「アシカみたいだなあ」
「ひどいこと言うねえ」
二人はおしゃべりをしながら、時は経って行った。やがて、満月が空に昇る。
「ねえ、アキト。私はもう王にはなれないと思う。ガーゴヌ・デラン・ガランデーという賢い奴がいるんだ。それに政争で勝って王政復古というのはもうできないだろう」
「そう、じゃあどうしようか。こっちで本でも出す?」
「それもいいなあ。それでしばらくは持つかも。それで印税が尽きたら」
「尽きたら?」
「私を養ってよアキトが。その時はもう大人でしょ」
「……考えとく」
アキトは掛け布団を頭から被った。
「甲斐性なし、一回助けたんだから最後まで手を伸ばしてよ。……生きてたらだけど」
リュビンも布団を被ってそう呟いた。恐怖と不安に押し出された涙が彼女の頬を伝った。
徐々に闇が太平洋を包んでいく。都市と戦火の光だけが確かに輝いていた。
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