一寸の光


♠♣︎♥♦︎



やはり、僕の目は間違っていなかった。あのバーの小さな舞台で見た…彼女の歌劇。あれは完璧なものだった。だからこそ、あの小さな箱に仕舞っておくのが勿体ない。彼女はもっと広く、大きな舞台が似合う人だ。僕の元であれば、いつでも大きな舞台で歌うことができるのだから。

僕はほくそ笑む。


ひとり舞台の上で奏でる彼女の確かな実力。この舞台に相応しい美しさ。非の打ち所がない歌姫。

完璧だ。


とはいえ、別に僕は完璧を求めている訳でも、ミスなしを求めている訳でもない。

僕は地位も権力も体裁も関係なく、ただ彼女が、彼女という人間が欲しい。あわよくば、僕の用意する舞台でだけ響かせたい。彼女のあの声を。


そう、僕は彼女に惚れたんだ。それも喉から手が出そうなほどに。


彼女は儚くも響く声で己だけの歌劇を紡ぐ。例えそれが小さな舞台であれ、この大きな舞台であれ、彼女の実力は揺るがない。

今この会場は完全に彼女のものだ。


ああ、早く、早く彼女を僕のものに ___



♠♣︎♥♦︎



どうする?

どうすれば午前零時に起こる呪い地味たものを阻止できる?


こんなに観客が沢山居て、実力のあるキャストが他にも居る完璧な箱庭で…表向きにだとしても、素敵なプロポーズ紛いなことをされてしまえば、きっとルカは断れない。断れるわけがない。この最高の場を崩さない為なら、きっとルカは己をも差し出してしまうだろう。

でもだからといって、誰があの舞台に乗り込んで、檻に入れられた完全無欠の歌姫を攫える?

ウチが行けるなら行きたい。けど、今日は残念なことに歌姫側だ。エスコートして踊ることは難しいだろう。

ウチは静かに唇を噛む。


いや、落ち着こう。まだ時間はある。

恐らく曲の長さを考えるに、2回。2回分の社交ダンスを終えれば、ちょうど午前零時を迎える。

あの男のことだ。その2回の間に時間は入れないだろう。自分のものにする為なら、関係のない他人が入る隙など与えないはず。…となると、このまま午前零時が来てしまう。


きっと午前零時を迎えた後も、この舞踏会は有難くも続いてしまうだろう。今度は ___ 『この業界の頂点に君臨する完璧な男』と、『全舞台を掌握するほどの実力を持つ天性の歌姫』の婚約を祝うパーティーとして。





そうこう悩んでいるうちに、ルカの独歌劇が終わりを迎えた。

そして、案の定あの男はルカを誘った。


どうにかしなければいけないことは分かるのに、どうにかできるほどの術がない。

必死に頭は働かせるけど、返って何も良い方法が思いつかない。きっとこれもあの男の計算の上。

アイツの手のひらで踊らされている気分だ。本当に最悪。舌打ちしたくなるのを堪え、あの男とルカの社交ダンスという名の一種の舞台を見る。



…さすがはルカ。多少の微かなズレはあるものの、初めて合わせる相手なのにも関わらず、ほとんど動きが乱れていない。きっとどちらも確かな実力があるからだろう。でも、足りない。ルカの良さを出せていない。

高いヒールの扱いに慣れているルカは、基本的に何でも合わせられてしまうけれど、ルカはドレスの扱いが群を抜いて上手い。それを活かせば、もっと華やかで…伸び伸びとした、ルカの人間性が現れたものができるのに。


やっぱり ___ あの男じゃ務まらない。





もうすぐ二つが繋がった歌劇が終わる。

少し辺りを見渡すも、らんらんもリアンくんも、イライも榊も、みんな二人の舞台を見ているだけ。いや…これは目を奪われていると言った方が正しいか。


本当に何してんの。今は見惚れてる場合じゃないでしょうが。


そう思っても、ウチにできることは残念ながら無いに等しい。

虚しくも歌劇は終わりを迎え、会場に溢れんばかりの拍手が響く。


今、あの男とルカは会場の端と端…対角線に離れている状態。しかし、流れ始めた楽曲を聞いて…全てを察した。そして、ウチの予想が外れていないことも確信した。




スポットライトに照らされたルカの綺麗な横顔が見える。静かに目を伏せるその表情に我慢できなくなり、ウチは思わず叫んだ。


「ルカ!!」


でもその声は虚しくも、檻に入れられた歌姫には届かない。まるで檻全体を…薔薇の棘のある茎が囲って外界とを遮断するように、誰もあの箱庭に入れない。

ウチは顔を顰める。すると、ウチの叫びを近くで聞いていたらんらんが不思議そうに見てくる。


気づけ、察せ。


ウチは表情を顰めたまま、手が届かないほど遠くに立つルカを見る。どうやらウチが騒ぎ出したことで、みんな意識が現実に戻ってきたらしい。


「ナギサ、どうした?」

「ルカにプロポーズ受けさせちゃいけない!」

「な、なに?」


榊も困惑した様子でウチを見る。対してイライはハッとして、舞台の上にいるルカとあの男を見る。すると瞬時に察したのか、イライも声を上げる。


「誰か邪魔してきて!」

「ええ、誰かって誰だよ」


イライの叫びに榊は「うるさい」と言わんばかりの表情で言い返す。するとイライは榊を見て、声を出す。


「ああもう榊でいいよ!!」


イライは榊を観客側から突き出した。いきなり押されたことで驚いて「えっ?」と声を漏らした榊だったが、人が集まっていた場所から抜けて、視線をあげる。するとルカを見て察したのか、そのまま何も言わずに駆け出して行った。




あの檻から大事な歌姫を取り戻す為に。





♠♣︎♥♦︎



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