共感
詣り猫(まいりねこ)
第1話
「こういうのさ、食べたところから書けよ、って、いつも思うんだよね」
ラーメン屋に向かう道すがら──
洋介は右手に持ったスマホの液晶画面を、太一に見せながら言った。
彼らが見ているのは、飲食店のレビューが掲載されたサイトだ。
塩ラーメンの有名店『おっちゃんの本気』のページで、☆3.7の評価がついている。
コメ主の文章は、かなりの長文だ。
洋介は、もう片方の手に持っていた飲みかけのペットボトルのお茶を一気に飲み干した。それを彼は、当たり前のように道路に投げ捨てた。
(え⋯⋯)
太一の目に、洋介のその行動が飛びこんできた。
「そうだよね。ときどき前置きが長い人って居るよね⋯」
太一はほんの少しだけ顔をひきつらせながら、洋介に同調した。
太一は洋介とは気が合うと思っている。
だけど、ときどき洋介の行動が理解できなかった。
洋介は、声に出してレビューを読み上げる。
「仕事帰りに店の前を通るので、こちらのお店の存在には気づいていましたが、何となく普段はスルーしていました。しかし今日は美容院の予約時間まで1時間の余裕があったので、ついにお店に入ってみました───……ってさ、このくだり要るぅ?」
洋介は、相手をからかったような口調でそう言った。
「うん、正直要らないよね……。知りたいのは、お店の雰囲気とか、ラーメンの味だからさ」
太一は、そう自分で言いながら、胸がギュッとなった。
「それなー、肝心の味が知りたいんだよ!」
洋介は、太一がこうやって共感してくれることが嬉しかった。
「たぶんこいつなら共感してくれそうだな!」
と思うから、彼は自分の意見を言いやすい。
洋介の場合、他の人に何かをハッキリ言ったとき、変な空気になることが度々ある。自分でもその原因がよく分からない。
しかし太一だけは、自分が何かを発言をしても期待通りに共感してくれる。
だから洋介は、いつも気分が良かった。
2人は同じ大学の友人だ。波長が合うのでよく一緒に行動している。
洋介と太一は、あまりサークルの飲み会には参加しない。
みんなとノリもソリも合わないし、気を遣うばかりで疲れてしまうからだ。
2人の趣味は、休日のラーメン屋巡り。ネットで検索しては、新しいお店を開拓していた。
「あとさ、こういう人もたまに居ない?」
今度は太一の方から洋介に話を振った。
「ほら、小説みたいに書く人。表現しながら書くというか、例えば──ひとくち食べた瞬間、口の中でギター・ソロが始まった。それぐらい唐辛子のパンチが効いていた、みたいな」
「居る居る! あれなんだろうね。普通に唐辛子が効いていて美味しかった、で良いよな!」
洋介は太一に共感した。
太一は、洋介が共感してくれることが嬉しかった。
太一は自分の意見を言えるタイプではないが、洋介にだけは言える本音もあった。
洋介と太一の友人関係は、見えない共感で繋げられている。
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