第27話 討伐依頼

日が沈む頃、オレたちは豪華な夕食の席に招かれていた。


広々としたダイニングには香ばしい匂いが立ち込め、長テーブルには彩り豊かな料理がずらりと並ぶ。ナノマシンの体には空腹の感覚は薄いが、それでもこの香りには本能的に胃が反応する。


「食べてもいいのか?」

ビーが手を伸ばしかけながらアウロラ嬢に尋ねる。


「ええ、どうぞご遠慮なく」


その言葉を聞いた瞬間、ビーは「待ってました!」とばかりに、巨大な肉塊にかぶりついた。


「この肉、うまいな! もっとくれ!」


彼女の声にアウロラ嬢は穏やかに微笑み、使用人にそっと目配せをする。どうやら追加を手配してくれたようだ。

……なんか、すみません。


アリスちゃんは興味深そうに料理を見つめてから、慎重に一口運んだ。驚いたように目をわずかに見開き、淡々と告げる。


「マスター。栄養価が非常に高く、味のバランスも見事です」


たぶん、彼女にとっては実体化してから初めての「ちゃんとした」食事だ。どれもが新鮮なのだろう。

オレも頷きつつ、自分の皿に手を伸ばす。

……なるほど、確かに美味い。


やがて食事が終わり、香り高い紅茶が運ばれてくる。湯気とともに漂う香りに癒されていると、アウロラ嬢が静かに口を開いた。


「先ほどは本当にありがとうございました。命を救っていただいたこと、感謝してもしきれません――」


そして、表情を引き締め、続けた。


「とても無礼を承知のうえで……ひとつ、お願いがございます」


オレたちは自然と姿勢を正す。アウロラ嬢はゆっくりと言葉を紡いだ。


「私はこの街『アーミテリア』の統括を任されております。祖父の代より、この地を治めてきました。――かつてこの街は『ロックス』と呼ばれていました。荒廃した時代に祖父が治安と秩序をもたらし、街は再び息を吹き返しました。そして新たな名として『アーミテリア』が与えられたのです」


その言葉にビーが小さく反応する。


「……。街の名前が変わったのじゃな。じゃがロックスの石像はそのままじゃった。そう考えると懐かしさを感じるわい」


アウロラ嬢は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みを返した。


「お詳しいのですね。石像の名前をご存じとは……この地と何か深い縁があるのかもしれません」


少し空気が和らいだところで、アウロラ嬢は本題に戻った。


「実は近頃、街の周辺に魔物の出没が増えており、交易路が幾度も襲撃を受けています。物資の流通も滞り、民の不安も募っています」


その話に、ビーの目が鋭く光る。


「魔物、か。ワレが一肌脱いでやってもよいぞ!」


……乗り気すぎる。


アリスちゃんは静かにオレに視線を送り、脳内で語りかけてくる。


《マスター。魔物討伐は利益には直結しませんが、地域の信頼を得られます。情報収集や移動支援の足掛かりにもなるかと》


うん、納得だ。

元の世界に帰るという目的はある。けれど、困っている人を無視するのも気が引ける。


以前のオレなら、適当に理由をつけて断っていたかもしれない。

でも今は、アリスちゃんがいて、ビーがいて――

何より、この体がある。きっと、なんとかなる。


「……わかりました。急ぎの用もないですし、詳しい話を聞かせてもらえますか」


オレの言葉に、アウロラ嬢は安堵したように微笑み、卓上に広げた地図を指し示した。目的地、経路、魔物の特徴――特に、周辺を荒らしているのはゴブリンの集団らしい。


一通りの説明が終わったところで、ビーが意気揚々と身を乗り出す。


「任せるのじゃ! 善は急げじゃ! 明日の早朝に出発としよう!」


……いや、勝手に決めすぎじゃないですかね?


しかし、オレもアリスちゃんも特に異論はなかった。アウロラ嬢は感謝の笑みを浮かべてうなずく。


「本当にありがとうございます。街の人々も、これで安心できるでしょう」


「それでは出発は明日の早朝ということで。今夜はお早めにお休みいただき、準備を整えてくださいませ」


そう言いながら、アウロラ嬢は丁寧に一礼した。

もっとも、準備といっても特に持ち物もないのだが。


「必要なものがあれば、遠慮なくお申し付けくださいね」


彼女が柔らかく微笑むと、隣のビーが身を乗り出した。


「うむ! では――風呂はあるか!」


「もちろん、ございます。ごゆっくりおくつろぎください」


アウロラ嬢は優雅に頷いた。


こうして、オレたちは夕食を終え、明日の戦いに備えてひとまず浴場へと向かうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る