19

「「ただいま~」」


 俺と陽太は食材を沢山詰め込んだ袋を持ちながら桃崎宅へと帰還した。

 俺らが買い出しに行っていた間どうやら彩華と凛の二人は思ったよりも仲良く話していたようで、出発前よりも雰囲気が数段和やかな物になっているように感じた。


「陽太君! うちのキッチンはこっちだよ!」

「桃崎さん今行きますね~」


 俺と陽太が帰ってきたことでパーティーは料理フェーズに移行してしまったから俺は一人だけ暇になってしまった。

 俺もタイムリープ前は事故にあってから彩華の代わりに家で家事を担当している事が多かったので、ある程度料理くらいは出来るのだがあそこ混ざる必要はないだろう。

 やる事もないので凛の家をうろついていると、一台の古びたピアノが目に入った。

 確かあのピアノは昔俺の家にあったピアノだったような気がする。

 どんな経緯かは忘れたけどそう言えば凛の家にあげたんだっけか?


「状態は思ったよりもいいな」


 気になって鍵盤に触れてみたのだが思ったよりもメンテナンスがしっかりとされていて軽く驚いた。

 そしてついつい調子に乗って指を動かしていってしまう。


「たまにはこうやって好きに曲を弾くのも気分転換になっていいな」


 まだ掌の痛みは残っているので絆創膏が剝がれないようにゆっくりな曲を思いのままに弾いていく。


「あら、川崎君はどこに行ってもピアノばっかね」

「どこでもピアノ脳なのはそっちもでしょ、篠原さん」


 俺がピアノを弾いていると後ろから彩華に声をかけられた。


「料理の方はどうしたんだ?」

「私が思ったよりも料理が下手で……」

「そ、そうか」


 ああ、ずっと俺が家事を担当していてから忘れてたがそう言えば彩華ってそんなに料理が得意じゃない、というかかなり下手だったな。


「その、絆創膏……」

「ああ、これか?学校で真島のカッターを手で思いっきり握りしめちゃった時に出来た傷だよ」

「それって、私を庇って……」

「ああ、あの時は彩華に怪我させるわけにはいかなかったからな、正直かなり焦ったよ」

「ピアニストなのに私を庇って手を怪我するなんてダメでしょ!」


 予想外にも彩華は少しだけ声を荒げて俺に迫ってきた。


「別に大したけがじゃないし……」

「それは結果論でしょ、もし川崎君が私を庇ってピアノを弾けなくなったら私責任取れないじゃない……」


 そう言う事か、彩華は自分のせいで俺がピアノを弾けなくなる事を恐れてたのか。


「確かにその危険性もあったけど、俺は別に彩華を守った結果少しだけピアノを弾けなくなるくらいなら別になんとも思わないよ」


 少しだけ彩華は呼吸を整え、それからゆっくりと口を開いた。


「急に怒っちゃってごめんなさい。それとあの時は庇ってくれてありがとう」


 彩華が少しだけ低い声でそう言った。

 俺としてはなんとも思ってなかったので気にせず、再度ピアノを弾き始めた。


「にしても川崎君は本当にピアノが上手いのね」

「まあ俺もそれなりに頑張っているからな。それと篠原さんって意外と切り替えが早いな」

「う、うるさいわよ」


 今の俺のピアノは半分くらい未来の彩華のパクリみたいなものなので、彩華に上手いと言われるとなんだかもどかしさを感じてしまう。


「そこの音なんだか変よ。もうちょっと優しい感じだと思うんだけど」

「そうか?俺的にはこのくらいでちょうどいいと思うんだが」


 この最近は部活の時などよく俺と彩華の二人で一緒に互いのピアノを高め合っていたのだが、この場でも普段のように彩華が指摘を入れてくれた。

 彩華の指摘はどれも的を得ているので本当にありがたい。


「感覚的には言いたいことが分かる気がするんだけど、耳がついてこないな。一回だけ篠原さんが演奏してくれないか?」

「しょうがないわね。私が言いたいのはこういう事よ」


 そう言って彩華が俺に代わって凛の家のピアノを弾き始める。


「確かにこっちの方が優しく感じられるし、曲のコンセプトに沿っている気がするな。やっぱり篠原さんは凄いな」

「今の一瞬で私の演奏を再現した川崎君の方が凄いわよ」


 彩華の演奏を参考に改めて弾き直してみると確かに曲全体の優しさが一段と研ぎ澄まされたような演奏が出来るようになった。

 やっぱり彩華は将来世界的ピアニストになるに相応しい天才と言えるだろう。


「そこの二人~、ピアノに熱中してる所悪いけどもう少しで完成だよ~」

「陽太か。分かった、食卓に向かうよ」

「八坂君教えてくれてありがとうね~」


 どうやらご飯がそろそろ完成するみたいなので俺と彩華は一旦ピアノを弾くのをやめて、食卓へと向かう事にした。

 凛の家は居間と食卓、そしてキッチンが全て繋がっているタイプの家なので、居間に入るとすぐにキッチンの方から美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐった。


「食材を買ったのは俺達だから何を作るかは知っていたけどこの瞬間のワクワク感はやっぱり特別だな」

「少しだけ分かるわ、お楽しみ前に気分が上がるやつね」


 俺はエプロン姿で必死に料理をしている凛を見ながら食卓の椅子にゆっくりと座ったのであった。

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