第18話 ホウレンソウをしっかりと。
レオンとシロクロで床に散らばったゴミを掃き集め捨てたのち、クロはエミリアに床へ水をまいてもいいかと確認を取る。
掃き掃除しても土足で店内を歩いている以上泥は取り切れない。水をかけてからこすっておとしてしまわないとだめだろう。
エミリアの許可がおりたので、クロはブーツを脱ぎ捨て、箒からブラシに持ち替えた。
「シロー水まいてー!」とレオンと一緒に棚の掃除してるシロに声をかける。
クロの頭上に水球が出来き、下に落ちた。
「あっぶねばか!」とクロは声を上げ水をよけ直撃はしなかったが、シロとレオンはニヤニヤと笑っていた。ふたりは共犯だったらしく「次は二連でいこう、俺も少しなら水魔法を使えるからな」「いいですね」とコソコソ相談していた。クロは「んなこと相談してないで掃除しろ!」と二人に対して声を荒げる。
エミリアも掃除を手伝うはずが、客が現れて対応に追われていた。常連の冒険者のようで閉店していようがしていまいが関係ないらしい。
「悪いね掃除中に、ガキどもしっかり働け、よ……ぐ、紅蓮の騎士!」
掃除しているレオンに気づいた冒険者は声を小さくした。
対してレオンは拭き掃除に邁進している。気にしていないらしいが、自分の格好がいつもの凛々しい騎士のような服ではなく、頭に布を巻いたいかにも掃除してるんだよ感を気にした方がいいのではとシロは思っていたが、レオンはどうでもいいんだろうなと思い直し黙った。若者にありがちの他人からの視線は気にならないんだろう。
「え、エミリアちゃん下級回復薬3つと気付け薬4つくれ」
「はーい、合わせて銀貨一枚と銅貨四枚です!」
エミリアの元気な声を聞きながらブラシで床をこすっていたクロだったが、エミリアの伝えた金額が気になり顔を上げる。
「エミリアちゃん下級回復薬は一本銅貨三枚で、気付け薬が一本銅貨二枚だから、全部合わせると銀貨一枚と銅貨七枚じゃない?」
「うぇ?」
「エミリア、もう一度落ち着いて数えてみろ」
「は、はい! 少々お待ちください!」
レオンにもう一度計算をしろと言われたエミリアは「ふええええ!」と手を使って数え直していたが、慌てすぎているのかうまく計算が出来ないようだ。そんなエミリアを見かねたクロは会計場所にあった銅貨をカウンターの上に載せ、実際に数えさせる作戦に出る。常連の冒険者は何故か緊張した顔で体を縮め再計算を待ってくれているようなので、クロは少し時間がかかっても大丈夫だろうと判断した。
「エミリアちゃん、下級回復薬一本は銅貨何枚?」
「銅貨三枚です」
「はい、今机の上には銅貨三枚あります。もう一本分の銅貨を置いてみてください」
「えっと、三枚置きました!」
「ではもう一本分置いてください……置きましたね、今銅貨は何枚ありますか?」
「えっと、いち、に、さん……九枚!」
「よくできました。次は気付け薬の銅貨を置いてみましょう。まずは一本分」
「はい! 気付け薬は一本銅貨二枚だから、二枚置く」
「また一本分置いてください」
「はい、二枚置く……」
「最後は二本分置いてみましょうか」
「はい、えっと一本二枚だから、二枚と二枚で、四枚!」
「では気付け薬の銅貨は何枚ありますか?」
「えっと、いち、に、さん……八枚です!」
「では下級回復薬の銅貨と気付け薬の銅貨を一緒に数えましょう」
「えーっと、いち、に、……十七枚です!」
「ちゃんと数えられたね、偉い! 銅貨は何枚で銀貨になりますか?」
「じゅうまい!」
「正解! じゃ銅貨十七枚は銀貨何枚ですか?」
「銀貨一枚です! 銅貨は七枚!」
「ちゃんと数えられたね、すごいすごい! エミリアちゃん、お客さんに薬は全部でいくらか伝えようか」
「はい! 銀貨一枚と銅貨七枚になります!」
常連の冒険者は銀貨一枚と銅貨七枚をエミリアに渡し銀貨と銅貨の数を確認したことを見届けてから商品を受け取った後「ま、またくるな!」と足早に去って行った。クロは「急いでたのか、ごめんおじさん」と思っていたが、シロは常連の冒険者はレオンがこわかったんだろうなと気づいていた。ある意味防犯になってよかったのではないだろうか。
クロは使った銅貨を元の場所に戻して掃除を再開した。と同時に泣き声が聞こえた。
シロとクロ、そしてレオンが何事かと思いエミリアをみると、大泣きしながら「ちゃんと計算できたああああっ」と喜んでいた。
泣き声が聞こえたらしいエミリアの祖母エリリーも慌てて様子を見に来た。店が水浸しになっていることに「何やってんだいあんた達!」と怒っていたが、エミリアが泣きながら説明してくれたお蔭で事なきをえた。
「何だいあんた達計算ができるのかい、ならエミリアに教えてやってくれ。この子ザル勘定だからね。あと字は書けるね? 棚にある商品の数を数えて、一個の値段と在庫の合計金額を書いてまとめておくれ」
エリリーは言いたいだけ言って、奥に引っ込んでいく。仕事が増えたことに納得がいかないクロは「え、なんで!?」と声をあげ、シロは「薬草ってどう数えればいいですかー!」と部屋の奥に叫んでいた。
レオンはエミリアの泣く理由に納得し、問題ないと判断したのだろう。騒ぎを気にせず黙々と棚を掃除している。
「クロ君、お願いします私に計算を教えてください!」
「え、えぇ、シロの方が教えるの上手だよ……なぁシロ」
「私は棚卸で忙しい」
「たなおろしとは」
「在庫管理のことさ、毎月やってた私には苦もないね。かかってこいや!」
「シロって国語講師じゃなかったけ?」
「バイトでやったことあるもん」
「あぁ、俺バイトしたことないや……いいなぁ」
「よくないわ! 腹の立つせりふね! さっさと掃除終わらせて算数教えろ先生!」
シロが魔法で作った水球を顔にぶつけられたクロは「エミリアちゃん、掃除終わったら教えるね」と水に濡れたまま床掃除を再開する。学生時代や社会人へなる前にバイトを経験した者が偉いとか偉くないとかはない。だが金銭的余裕があればバイト等をしないで済む事はある。好きでしている人は少ないし、シロは必要だからバイトをしていた。今回クロは失言したと思ったようで甘んじて水を浴びたようだ。
水に濡れた床をクロとエミリアは一緒に磨いてさっさと掃除を終わらせた。
突然算数を教えろと言われても難しいので、初めは銅貨と銀貨など実物を数えさせていた。やっている内に書いた方が早いなと思ったクロは、エミリアに書くものを持ってきてもらう。エミリアが持ってきたのはレオンがシロとクロにくれたものと同じ黒板と白墨だった。子どもの勉強にはやっぱりこれらしい。
シロはというと、エリリーを店の奥から引っ張り出してきた。聞きたいことがあるらしい。
「エリリーさん結界石は一個で発動しないってレオンさんが言ってました! なので発動する四個で1つの商品にして売った方がいいです!」
「うるさい子だね! わたしの売り方にケチつけんじゃないよ!」
「ケチつけているわけじゃないです、提案をしているんです! 一個売りはちょっと高くすれば儲かりますたぶん!」
「多分ってなんだい!」
「在庫の数え方が変わるので、今判断してください!」
気が強いエリリーとシロが言い合いをしている間、やはりレオンはぶれる事無く商品をひとつひとつ拭き、黙々と掃除していた。冒険者には周りが騒いでいても気にしないスキルが必要なのかもしれない。
「できた! クロ君、あってるか確かめて!」
「はーい」
クロは簡単な計算問題を書き、エミリアに解いてもらうを繰り返していた。分からなかったら物を使って数えさせている。簡単に教えるならこの程度でいいだろう。クロの前職は体育教師だし、今日は掃除の依頼を受けただけ。本業の先生はこの世界にもいる筈なので、帰り際学校に通ったらどうかとエミリアへ勧めることが最善だ。
太陽の神が寝る頃になれば掃除も在庫の確認も終わった。シロとクロはエリリーから依頼書にサインをもらう。
クロがエミリア用の計算問題を黒板に追加で書いて「宿題ね」と渡せば「ありがとう!」と笑顔だ。宿題を喜ぶ子どもなんて初めてみたクロは眩しそうにエミリアを見た。偉すぎる。
シロはエリリーと仲良くなったのか「また依頼するよ。お前なら上級回復薬の調合を教えてもいい! かわりに店の在庫管理を頼む!」と言われていた。すぐさま「在庫管理は毎月自分たちでやってください、あと掃除も毎日やればあんなに汚くならないです。あ、回復薬の調合は教えてください」と断っていた。レオンに「仕事先を減らしていいのか?」と言われたシロは継続依頼に気づいたのか「あ、そっか!」と声を上げた。そしてエリリーに「また仕事ください」と頭を下げたので、エリリーは「頭がいいのか悪いのかわからないねぇ」とケタケタ笑った。
エミリアの勉強代だと上級の回復薬を四本貰い、三人は店を後にした。
朱色に染まる空の下を、レオンとシロクロは依頼達成の報告をするため冒険者ギルドへ向かう。そろそろ夕飯時なのか、冒険者達も薄汚れた格好で街を歩き、良い匂いのする店の中へと吸い込まれていく。
シロは「お腹減ったぁ」と腹を鳴らしていた。クロの腹も鳴っている。二人、いや三人は昼ご飯を食べ損ねていた。食べる暇がなかったともいう。レオンも昼飯の時間を忘れていたため「すまん」と謝った。
「シロ、クロ。スーおじさんに昼飯はいらないと伝えたか?」
「……あ、やべ。わすれてました。どうしようシロ、夕飯も抜きかもしれない!」
「そういえばお昼いらない時は言えって言われてたね、土下座するしか……? レオンさん、土下座って通じますか?」
「通じるが、今日怒られるのは俺だな。安心してくれ」
「安心できないですが」
何を言っているんですかとシロに窘められるレオンだが「大人が気が付かないでどうする!」と熊が威嚇するようにスーから怒鳴られるだろうなと、過去の経験から想像はついていた。レオンは苦笑いをシロに向ける。
昔からスーおじさんに怒られるのは怖い。自分の親や祖父母は平気なのだが、幼馴染の親であるスーやククリには頭が上がらない。それに今日はわざわざシロとクロの仕事について行ったのに、掃除に集中しすぎて周りをみていなかった自分が悪い。とレオンは考えていた。
三人はぎゅるぎゅる腹を鳴らしながら、ギルドで銅貨三枚を受け取り帰路につく。
食堂に戻った三人は、案の定「飯がいらない時は早めに言えっていったよなぁ?」と熊の形相で怒られ正座をしていた。
「レオン、お前がついて行った意味がねぇだろ」
「すみません。シロとクロが思いのほかエリリー婆さんに気に入られて……」
「あの薬屋の気難しい婆さんに気に入られたのか。……飯のことを忘れるのはよくないが、しょうがねぇ今日は見逃してやる」
頭の後ろを豪快にかきむしったスーは溜息を吐く。それを見たククリは微笑み、良いことを思いついたように両手を合わせた。
「三人とも明日からはお弁当にしましょうね!」
「そうだな。明日から弁当にしよう。ちなみに今日はコカトリスとトママの煮込みだ! ちと辛いが、辛くないのも準備してあるぞ。辛すぎたらレオンに渡せばいい。レオンは辛党だからな」
夕飯に出てきたトママはトマトみたいな色と味だった。小皿に少しだけもらったのだがうまみよりつらさが先にきてしまい、シロとクロは水をがぶ飲み。スーは子ども二人の様子に大笑いをしながらつらさ控えめの煮込みをよそってくれた。先に出された旨辛煮込みはレオンとククリの胃の中に納まった。
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