Episode 5: Howl at the Moon

 あれから数か月、レオンとエリックは“音楽室の共鳴”をきっかけに、レオンがアルバイトをしているライブハウスで月に一回程度ライブをすることとなった。


 ライブと言っても、他に演奏するバンドがいない時間帯に場所を貸してもらうだけだった。


 自分たちの曲があるわけでもなく、好きな曲をカバーしたのを二人で奏でていた。Nirvana、Alice in Chains、Soundgarden――90年代の影を引きずったような、暗く熱い音。演奏のたびに、少しずつ息が合い、反響が共鳴に変わっていくのを感じていた。


 バンド名も仮称「Leon & “Echo”」となんのひねりもなかったし、彼らの演奏はまだ荒削りだった。けれど、その音には確かに“何か”があった。歪んだギターの残響。重たいベースのうねり。どこか不器用で、それでも真っ直ぐな音。観客は少なかった。けれど、拍手があった。耳を傾けてくれる人がいた。そのすべてが、エリックにとっては奇跡のように思えた。


 それから約2年がたち、彼らは地元の大学へと進学した。それでも変わらずライブハウスでの演奏をやめることはなかった。

 レオンとエリックは、その頃には家を出て、郊外のテナントビルの最上階、部屋というにはお粗末な物置でルームシェアをしていた。 それぞれの家庭には居場所がなかったふたりにとって、たとえそんな小さな部屋でも初めての“自分たちだけの居場所”だった。


 狭いキッチン、ギターとベースが無造作に立てかけられたリビング、そして壁に貼られたスケジュールメモ。 バイトと学校と音楽に追われる日々。 けれど、窓の外にシアトルの灰色の空を眺めながら、ふたりは確かに前に進んでいた。




 ある夜の演奏が終わり、楽器を片づけていると、ミラー先生が顔を出した。

「そろそろ、自分らの曲、作ってみたらどうだ?」


 レオンはギターを手にしたまま、少しだけ眉を上げた。

「曲…って、俺たちが?」


「そうだ。カバーはもう十分だろ。次は“お前らの音”を聴かせてみろよ」

 その言葉に、エリックは黙って頷いた。


 それから二人の自分たちの音楽を探す旅が始まった。


 レオンが弦を弾き、コードを探る。エリックがベースでそれに呼応する。

 音楽になりかけの断片が、部屋に満ちていく。それはまだ“曲”ではなかった。ただ、互いの音が、何かを探しているような空気だった。


 そうして生まれた一つの旋律に、レオンが歌詞を書いた。それは、誰にも届かない叫び。言葉にできなかった夜のざわめき。


 曲名は「Howl at the Moon」。


 月に向かって吠えるような、けれど誰にも届かない音。その曲は、まぎれもなくふたりだけのものだった。


「Howl at the Moon」が完成してから、彼らのステージは少しだけ変わった。カバーの合間に、ふたりの音楽を忍ばせるように演奏する。


 レオンのギターが叫び、エリックのベースがそれを包む。ふたりの音は、少しずつ、静かな輪郭を持ちはじめていた。


 ある時、演奏が終わると、一人の男がふたりに声をかけた。


「君たち、“Howl at the Moon”って曲、オリジナルだよね?」


 おもむろに、男は名刺を差し出した。名刺には、地元FMラジオ局のロゴと「DJ マックス・グレイ」の名前。


 レオンとエリックは一瞬、顔を見合わせた。その声、その名前――どこかで聞いたことがある。


「……マックス・グレイ?」


 レオンがぽつりと呟く。


「いつも夜の11時にやってるあの番組の?」


 エリックも目を見開いた。ふたりは、家でもバイト終わりの帰り道でも、よくその番組を聴いていた。ユーモアのあるトークと、骨太な音楽の選曲で知られるDJ。まさかその本人が、自分たちの前に立っているなんて。


「ぜひ番組に出て、生演奏してくれないか?」


 突然の申し出に、レオンもエリックも言葉を失った。いつの間にか横にいたミラー先生が後ろからぽんとレオンの背中を押す。


「行ってこい。お前らの音、もっと遠くまで響かせてこいよ」


 ふたりは顔を見合わせ、そっと頷いた。


 数日後、ふたりはFM局のスタジオを訪れた。初めて足を踏み入れるラジオ局のビル。ヘッドホンをつけ、マイクに向かって話すことにすら緊張していた。けれど、DJマックス・グレイは、オンエア前の雑談でふたりを和ませ、「リラックスして、いつも通りでいい」と笑った。


 トークの後、スタジオの簡易ブースで「Howl at the Moon」を生演奏することになった。録音用マイクが立てられ、ふたりは顔を見合わせ、無言で頷く。レオンのギターが静かにイントロを鳴らし、エリックのベースがそれに寄り添う。


 音は、空気を通じて電波に乗り、街へ、夜へ、誰かの部屋へと流れていった。

 Leon & “Echo”という名前が、ほんの少し、誰かの耳に残りはじめた瞬間だった。

 放送が終わったあと、機材を片付けているふたりに、マックスがふと笑って言った。


「そうだ、グランツによろしく伝えておいてくれよ」


 その一言に、レオンとエリックの目がわずかに見開かれる。


「……え、グランツって……ミラー先生のこと?」


 マックスはウインクをひとつして、軽く手を振った。「最初にお前らの音を薦めてくれたのは彼だったんだ」


 その場にはいなかったはずのミラー先生の勝ち誇った笑みが、ふたりの脳裏に自然と浮かんだ。


 その放送は小さな反響を呼んだ。 それに気付いたのはいつものようにライブハウスでの演奏をする時だった。

 いつもなら二人の演奏はBGMとして、ラジオ代わりに聞かれていただけで、誰も二人の演奏を聞くために来店しているわけではなかった。


 でも、その日は違っていた。


 普段ならまばらな店内に、十数人ほどの客が集まっていた。椅子に腰掛け、飲み物を片手にステージの方を向いて、Leon & “Echo”の演奏を目当てに来ていたのだ。


 レオンもエリックも、その光景に言葉を失った。彼らの音が、誰かに届き始めている。その実感が、胸の奥で静かに鳴っていた。

 その日から、ライブハウスの黒板には二人の出演スケジュールが書かれるようになった。


 ライブハウスの常連であり自主制作の録音に詳しい音楽好きのバーテンダー“ライル”が手伝ってくれてCDも作った。マイクを立て、録音機材を調整しながら「昔取った杵柄だよ」と笑っていた。ライルはかつて自分もバンドを組んでいたことがあり、録音や編集の経験も豊富だった。出来上がったCDは地元のレコードショップやライブハウスに置いてもらった。


 それから、二人の本当の意味でのバンド活動が始まった。

 今までのようにただ自分を吐き出すための音楽から、誰かに届ける音楽へと。


 名前も仮称だったLeon&”Echo”から、「Crimson Howl」へと自分たちの届けたい思いものせて改めた。

 それはほんの数百枚だったか、Crimson Howlの音楽が形となって世界に広がっていった瞬間だった。


 そして物語は、もうひとりのメンバーへとつながっていく。

 ──重たいリズムを背負い、過去の静寂を打ち破る者。かつてドラムに出会ったひとりの少女、ジェイド・ローソン。


 次回、「Before the Howl - Jade」




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