幸運の鍵は私の中に⑦

 スパの館内、警戒態勢が一気に高まった。

 遥の姿が消えたと報告を受けたミルフィたちは、顔を青ざめさせ、対応に追われた。

 レオンは誘拐されたのが妹のエリスでないことに安堵し場の空気をしらけさせたが、民間人の誘拐事件が王族の誘拐と間違えられたことに責任を感じたのか、あるいは単に妹の機嫌を損ねたくなかったのか、妙に気合の入った様子で陣頭指揮を執り始める。


「エリスじゃないのが幸いだが、そうじゃない! 誘拐は誘拐だ、どちらにせよ重大事件だ!」


 怒鳴りながら指示を飛ばし、従者たちに周囲の捜索を命じるレオン。

 だがその後の指示は空回りの連続で、


「とにかく! 全館を封鎖して誰も出入りさせるな! ……いや、いや、外にはもう出てるのか!?  ならば逆に、全員出てしまえば、怪しい奴がわかるんじゃ……?」


 と、もはや混乱気味だった。

(このままじゃまた妹に呆れられる……!くそっ、兄として威厳を見せるチャンスだというのにっ!)


「兄上、深呼吸を。焦っても仕方ありませんわ」


 冷静に言い放つエリスの声が、ようやくその場に冷静さを取り戻した。

 だが、従者の一人から届いた報告はさらに深刻だった。


「すでに施設外への転送を確認。座標特定は困難、痕跡は薄れており、通常の追跡は不可能です」


 レオンは歯噛みした。

「くっ……くそっ、なぜ俺が現場にいたのに、こんなことに……っ」


 エリスはレオンの肩に手を置いた。

「兄上、今はご自分を責めている暇などありません。彼女を取り戻しましょう」


 ミルフィとフィリアはセリカから情報を得ることに注力している。


「エリスは頼りになるにゃ。ポンコツ王子はもう少しちゃんとやってほしいにゃ」

「全くです。セリカ、それでどんな感じなの?」


 *

 一方その頃──

 ごとん、ごとん、と車輪の揺れる音が微かに響く。


 遥は馬車の中、粗末な藁の上で縮こまりながら不安に包まれていた。


(どうしよう……どこに連れて行かれてるのか、全然わからない……私、また面倒ごとに巻き込まれたのかな……みんな怒ってないといいけど……)


 身体は揺れる度に不安定に軋み、薄暗い車内の閉塞感が、彼女の不安をさらに煽る。

(それにしても……なんで私ばっかり、こんなことに……)


 自分が何か悪いことをしたわけではない。ただ運が悪い。それだけだ。


 それだけなのに、どうしてこうも災難ばかり降りかかってくるのだろうと、遥は思わず涙ぐむ。

(……フィリア、ミルフィ……早く助けて……)


 外の様子を伺おうとするも、小さな窓には黒布がかけられ、わずかな隙間からすら外は見えなかった。


 そのとき、不意に空間がわずかに揺れ、耳元にかすかな鈴の音が響いた。

 闇の中で何かが微かにきらめき、やがてふわりと柔らかな光が広がった。


「……遥様」

「ルミナ……!」

「ご無事で何よりです。あまり声を出さないでください、外に聞こえるとまずいですから」

「う、うん……今、どこにいるか、わかる?」

「おおよその方向と魔力の痕跡は掴んでいます。セリカに救援要請も送りました。ですが、彼女たちが到着するまでにはもう少し時間がかかります」

「よかった……誰にも気づかれず消えちゃったんじゃないかって、ちょっと思ってた……」


 ルミナは柔らかく微笑んだかのように見えた。


「大丈夫です。ですが、今は動かないでください。アジトの場所を特定するには、まだ情報が足りません。聞き耳を立て、できる限りの情報を集めてください」


 遥はうなずいた。


「わかった……がんばってみる」


 *

 どこかの山中にある洞穴の中。

 粗末なアジトではあったが、幹部らしき数人が集まり、捕らえた遥を見下ろしていた。


「こうも上手く王女を誘拐できるとはな。王女エリステリア。おとなしく俺たちの要求を通すための人質になってもらうぞ」

「あのう、なんで私つかまったんですかね?」

「ん? 妙だな。口調も仕草も、どこか品が無いぞ」

「箱入り姫という話だったからな。どうせちやほやされて育てられたんだろうよ。不思議はない」


(なんか私すごく失礼なこと言われてない? 運が無いとはよく言われるけど、品がないなんて初めていわれたよ……)


「それに……万が一、何かあった時のために、“囮”も用意してある。まずはこいつを使って要求をするぞ」


 その“囮”は、別室の小屋にいた。


「おら……こんなとこ、なんで連れてこられたんだべ……」


 無防備な表情で、よく見ればエリスとそっくりとまではいかないが遠くから見た感じは似てなくもない。服装はスパの館内着を着せられており、髪型もそれらしく整えられている。


 彼女の名はエレース。近隣の村から騙されて連れられた娘で、自分が何のために誘拐されたかすら聞かされていない。


「王族なんて、好き勝手しやがって……」

「貴族の利権を奪うには、象徴を傷つけるしかない」

「これは抗議だ、反乱の始まりだ」


 彼らの中には、元貴族の落ちこぼれや、戦争で職を失った兵士など、さまざまな背景を持つ者がいた。


 エリステリアを誘拐したと信じて疑わない彼らの前で、遥は緊張を隠しながら機会をうかがっていた。


(何か情報を引き出せないかな……私、ただで帰れる気がしないし……)


「目的って……やっぱり、お金?」

「ふん、そんなものは二の次だ。あんな領主どもが税金を吸い上げ、民を飢えさせるのを見過ごせるか!」

「じゃあ、税金を下げてほしい、とか?」

「ああ、それもある。だが……あいつらには“泉”がある。幸運の泉さえ手に入れば、貴族どもは……」

「おい、その辺でやめとけ」

「いや、でもよ、もう遅いかもしれねぇ……だが、俺たちにだって、運ぐらい回ってきてもいいだろ……」

「それって、どこにあるの?」

「それを聞き出すためにお前を誘拐したんだろうが! ……あっ……」

「お前……口が軽すぎるぞ……!」

「ていうか、さっきから全部聞かれてるぞ!?」


 誘拐犯たちは慌てて話を打ち切ったが、遥の心の中には“泉”という言葉が深く残った。


(……幸運の泉? まさか、そんなものが本当に……でももし、それが本当にあるなら――私が巻き込まれた理由も、もしかしたら)


 遥は静かに息をついた。


(運なんて、今まで信じたことなかったけど……この世界でなら、今度こそ、私にも少しぐらい幸運が来てくれてもいいよね)

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