飛べなかった僕らの空へ④

 翌朝、三人は研究所のエントランスに足を踏み入れた瞬間、重苦しい空気に包まれた。入り口には警備用のゴーレムが待ち構えており、目を細めた職員が一人、真顔で彼らを見据えていた。


「アリエル・ミスト主任、および異世界来訪者・新堂悠馬氏。研究所長より緊急の呼び出しです」

「……え?」


 アリエルの顔から一瞬で血の気が引く。悠馬も思わずフィリアの方を見るが、彼女は首を傾げていた。


「なんの話……?」

 


 所長室。

 重厚な扉が閉まると、部屋の中の空気は一段と重くなる。


「昨日、当研究施設内での撮影・記録行為が事前申請を経ていなかったとの報告を受けました」


 所長の声は低く、威圧感があった。


「特に問題視されているのは、ゴーレム馬車内部構造のスケッチ、ならびに口頭での技術的記録。アリエル主任、あなたの管理下で発生したことをどう説明しますか?」

「……っ、申し訳ありません」


 アリエルはすぐに頭を下げた。


「彼が異世界からの来訪者ということもあり、つい気が緩んでしまって……注意を怠ったのは私です」

「新堂悠馬氏。あなたにも産業スパイ行為の疑いがかけられています」

「えっ……!?」

「ツアー同行者であるフィリア氏については、あくまで技術的監督者ではないこと、並びに記録行為に関与していなかった点から、今回は厳重注意のみとします」


 フィリアは深く一礼しながらも、内心で冷や汗をかいていた。

 


 薄暗い小部屋。設備らしいものもなく、机と椅子すらない。ただ壁と床と、冷たい空気だけが空間を満たしていた。


 悠馬とアリエルは並んで座り込んでいた。


「……ごめん、完全に俺のせいだ」

「ちがうよ。私が主任なのに、ルールを守らせられなかった」


 二人はしばし沈黙したが、その空気は長くは続かなかった。


「……でもさ」

「ん?」

「飛行船って、こっちだと高価で燃費も悪いんでしょ?」

「うん。魔力の消費量がすごくて、大型しか安定して飛べないの。だから普通は魔法使える人が単体で飛ぶくらい」

「それって、超非効率だよね」

「うん、そう。もっと軽くて、手軽に使える飛行手段があればいいんだけど……」

「……あるよ、地球には」


 悠馬が唐突に口を開いた。


「ドローンって知ってる? 空中を自律飛行する小型機械でさ、ヘリコプターみたいなローターが回転して浮くんだ」

「……待って、どっちも初耳なんだけど」


 アリエルが眉をひそめて首をかしげる。


「そっか、ごめん。えっとね、ドローンは小型の飛行機械で、自分で位置を判断して空を飛ぶんだ。ヘリコプターっていうのは、その元になった技術で、上に大きな羽――“ローター”っていう回転するパーツがついてて、それが空気を下向きに押し出すことで浮かぶんだ」

「ふむふむ、魔力の浮遊じゃなくて物理的な浮力で飛ぶのね」

「そうそう。魔法じゃなくても、空気の力を使って飛ぶってわけ。バランスもコンピュータが取ってくれるし、小型でも安定して動く。最近じゃ一般家庭でも手に入るくらい安くてね。小型なら安価に作れるよ」

「すご……! なにそれ、めちゃくちゃ画期的じゃない!」

「用途もいろいろ。カメラ載せて撮影、荷物運搬、測量にも使える」

「ねぇ、それってこの世界でも応用できるんじゃない?」

「たぶん、できる。魔力を動力にして、制御には魔力回路を使えば動かせると思う。むしろ、この世界の方が素材や魔力の伝達に優れてる分、実用化は早いかもしれない」

「……それ、今までにない発想じゃん!」


 二人の目が輝きを増していく。


「……って、考えたの俺じゃなくて、元の世界の技術だけどね」


 悠馬が照れたように肩をすくめる。


「それでも、今ここにそれを伝えてくれたのは悠馬でしょ。十分すごいよ!」


 アリエルが笑顔で返し、再び技術談義に花が咲き始めた。

 忘れていた拘束の状況も、研究所内の空気の重さも、今はどこか遠くのことのようだった。


 

 一方そのころ、別室では――


 所長室の隣にある監視室で、フィリアは優雅にコーヒーカップを傾けていた。その隣では研究所長がモニター越しに、魔道映像として映し出された悠馬とアリエルの様子を眺めている。


「……順調に話が進んでいるようですわね」

「ええ、まさかこんなに食いつくとは。やはり異世界の技術情報は貴重ですね」


 所長は満足げに頷く。


「それにしても、よくあの騒ぎを思いつきましたね。あなたの演技も見事でした」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 涼しい顔で応じながらも、フィリアの目はちゃっかりしていた。


「それで、今回の紹介料――もとい、協力報酬の件は?」

「……もちろん、約束通り」

「ふふっ、ありがとうございます。では、引き続きお楽しみくださいませ」


 フィリアはモニター越しに楽しげに会話を続ける二人を見つめながら、もう一口、香り高いコーヒーを口に含んだ。


「ところで……あの“ドローン”という技術、あれは本当に小型で空を飛べるのですか?」


 所長が興味深げに訊ねる。


「ええ、魔力を使わずに、物理の力で飛ぶというのが最大の特徴ですわ。回転する羽根を使って空気を押し下げ、その反動で浮かび上がる。魔法よりも環境の影響を受けやすいですが、そのぶん制御系が非常に洗練されているとか」

「ふむ、魔力に頼らずに浮力を得るとは……この世界にはない発想ですね」

「ええ。しかも、それが今や民間でも使われているとなれば、技術導入を検討する価値は十分にありますわ」

「導入できれば、監視・輸送・通信分野に革新を起こせる可能性もある……と」

「はい。ですから――今回の件、多少強引でしたが、成果としては十分すぎるほどですわね」

「くく……まったく、フィリア殿もなかなかの策士だ」

「いえいえ、所長様ほどではございませんことよ」

「ぬはははっ!」


 所長が喉を鳴らして笑い、フィリアはカップを静かに回しながら上品に微笑んだ。


「さて、おぬしの手腕、次の件でも期待しておるぞ」

「ご期待にはお応えいたしますわ。ふふっ……」


 コーヒーカップの縁に口をつけたまま、フィリアは密かに計算を始めていた。――次は、どの技術を話題にすれば、さらに深く潜り込めるか。

(……ふふふ、面白くなってきましたわ)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る