第12話 憎しみは連鎖する
「さあ酢原、とっとと来いよ、旦那さんの言うことは、絶対だぜ」
八木さんのニヤニヤ顔に怒りで目を燃やしながらも、酢原瑛李は彼の前に立った。
「おいしょっと。よーし、楽勝だな、ぐへへへ」
「うっ…」
「あー、ええなあ、俺もそれやればよかったわ」
おかしいぞ。
八木さんって酢原瑛李のこと、こんな眼で見てたこと、あったっけ
ーひょっとして、俺と彼女への嫌がらせか?
ということは、俺の気持ち…バレてる?
恥ずかしさと屈辱、嫉妬心が入り混じって顔から火花が出た。
「はい、それでは胡麻崎さん、どうぞ」
「が、頑張って…」
酢原の応援虚しく、見た目以上に軟弱な胡麻崎の細腕では、いくら顔を真っ赤にして踏ん張っても、彼女の脚を多少持ち上げるのが精一杯だった。
「ピピピーッ、はい1分経過、胡麻崎さん、解雇でーす。
はっはっはっ、そうそう、これこれ。俺はこういうのを待っていたんですよ。
生物としてより優秀な方だけが生き残る、これがこのゲームの真骨頂ですよねー」
「くそっ…なんでここまで…ここまで来て僕だけが…」
胡麻崎が両手をついて涙を流しているのを見て、心が痛んだ。
俺は…彼に余計な希望を持たせてしまったのだろうか。
またナメられる可能性を想定できなかった、
塩月の言う通り、所詮甘ちゃんなのだろうか。
というか…あれっ?
これで残りは、俺、酢原瑛李、射手さん、牛飼さんになるのか…
胡麻崎でこれなら、5等星の恨みを買っている俺なんて、もっとまずい状況じゃないか!
特に俺に反発を露わにしていた射手さんと当たって、赤を取られると相当まずい!
どんな目に遭うやら、想像するだけで恐ろしい。
「それでは第五ラウンドいっきまーす。旦那さんだーれだ」
ああ、神様。
酢原瑛李と同じラウンドにしてください。
いえ、誰が相手でも、赤側なら構わないし、ちゃんと簡単な命令にします。
だから、だからー
割り箸の先を見て、血の気が引いた。
今の俺の顔色と同じであろう色が、そこには鮮やかに塗られていた。
あっ、赤はー
「はい、第五ラウンド決まりましたー。
旦那さんが射手さん、奥さんが佐藤さんでーす」
ああ。
よりによって射手さん相手では命乞いをしても無駄だ。
何を命令されても、死ぬ気でやりきるしかー
「ふっふっふっ、じゃーあー…
1分で尻を極限まで落としたスクワットを10回する」
「なあんや、佐藤はさっきの奴ほどにはモヤシやないし、簡単やんけえ。
射手って優しいんやなあ」
たしかに関西勢のサンサロがそう思うのは無理もない。
しかし、俺にはこれが射手さんの悪意だと、はっきりわかった。
関東のヴィンテージ芸人発掘ライブの時に、俺は彼らに、
最近腰をやったことを話していたからだ。
こいつら本当に…傍目にはわからない悪意をぶつけてくるのが上手いな…
射手さんは当然ながら、10回を軽々とクリアした。
「それでは佐藤さん、命令遂行、どうぞ!
はい、いーち」
いてててっ!
「にーい」
こ、腰が…地面に引っ張られるように重い…
「さーん」
もう腰のとこの感覚が…感覚がありません…
「しーい」
ちゃ、ちゃんと立ち姿に戻らなきゃ…戻らなきゃ…
「ごーう」
目の前でニヤニヤしてる奴になんか、負けてたまるか…
「ろーく」
そ、そうだ…俺が残らなくて、誰がみんなを…特に酢原を守るんだ…
「しーち」
みすみす解雇されることに比べたら、腰なんて…
一回ぐらい完全に壊したっていいだろう…
「はーち」
や、やべっ、あと…10秒だ⁈
「きゅーう」
見てるか…塩月…
お前を落としてでも優先したもの…守り切ってやるよ!
「じゅーう!」
ーやった!
俺は重力に引き摺られるように、腰から倒れ込んだ。
「チッ」
「おやおや、ギリギリでやり切りましたねー。
余裕かと思いましたが、佐藤さんて思ったより、体力ないんですね」
「なによあんた、何も知らないくせに!
佐藤くん、大丈夫?」
駆け寄った酢原瑛李に、俺は力強く親指を立てた。
「酢原さん、次はあなたの番ですよ、他の人にかまけてゲーム進行を妨げないように」
「…はっ、はい…」
いいんだよ。
俺はきみが駆け寄ってきてくれただけで充分さ。
自分のクリアに心力を注いでおくれ。
「それでは最終ラウンドです。旦那さんだーれだ」
俺は寝そべったまま、酢原と牛飼さんがくじを引くのを見上げた。
そして、身体に生気が戻った。
「ーやった!」
酢原瑛李の割り箸の先は、赤々と染め抜かれていた。
きっと神様は俺のぶんの運を、彼女に分けてくれたに違いない。
しかし次の瞬間、俺は我に返った。
彼女の瞳の奥は、割り箸の先よりも紅かった。
「だっ、ダメだ酢原さん、気持ちはわかるけど、
ここで牛飼さんを蹴落としたら、次のゲームがまずい…
憎しみが連鎖する!」
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