芸人生き残りゲーム
あっぴー
第1話 売れない芸人大集合
(校門のセット)
「ふう、入学式だってのに遅刻するとこだったわ」
「パンパカパーン! おめでとうございまーす!」
「あ、あなたは…?」
「本校の校長の塩月でーす!」
「えらい若いな!」
「おめでとうございまーす! あなたは本校に足を踏み入れた1万人目の生徒でーす!
ドンドンパフパフ!」
「歳に似合わず擬音はしっかり昭和!
…あのぉ、毎年1000人入る高校の1万人目なんて、なんの価値もありませんよ?!」
「10年に1人って希少価値高くないですか?」
「学校としてはまだまだヒヨっ子じゃないかい!
しかもこれ、入学式の日に学年で一番遅く登校したってでかでかと宣伝されてるのと同じだよっ!
ほらあ、クスクスされてるし…」
「そんなことを言わずに。めでたい事なんですから。記念品もさしあげますよ!」
「えっ、何くださるんですか」
「ジャーン! 10000人目記念シャーペンー!」
「こんなもん使ったら、更に傷が深まるわ!
デカデカと『10000』ってロゴついとるし! 0多すぎて、持つ時邪魔だろ!」
「ジャーン! 10000人目記念お習字セット!」
「高校は芸術は選択制です! 俺は音楽を選びます!」
「ジャーン! 10000人目記念制服ー!」
「1人だけ違うの着る時点で、制服の意味なし!」
「ジャーン! 10000人目記念、ハワイへの修学旅行!」
「修学旅行の価値は場所に非ず!」
「ジャーン! 10連学食メニュー無料券!」
「おお、これはやった…って、嘘だろ! 水は元々無料です!」
「ジャーン! 記念樹ー!」
「うちはマンションです!」
「もう、なんなんだね君は! こんなに素晴らしい記念品の数々を準備したのに!
いったい何なら欲しいんだ!」
「欲しいのは…平穏な高校生活!
もう二度と手に入らない…!」
「あーあ、今日もウケなかったな…」
このコントのツッコミを務めた俺の名前は
お笑いコンビ『シュガーソルト』を組んで14年目の、ラフカンパニー所属の36歳。
「なんでだろな、こんなベッタベタなコント、テレビでもよく流してるだろうに…
やっぱそいつらとは華や技術が違うのかよ…」
こいつが、相方で同い年の
チャンスは全くもらえず、一度も売れないままここまで来てしまった。
でも、それも仕方のないことかもしれなかった。
いくら番組のオーディションを受けても落ちまくりで、
ヤング漫才頂上決戦やコント日本一決定戦などでも結果を出せず、常に行けて三回戦までなのだから(前者は結成10年目までなので権利失効)。
更に劇場人気もないので、俺たちは当然バイトで生計を立てており、お笑いの仕事自体このライブが四か月ぶりという有様だった。
「でもまあ、今日みんな滑ってるし、ね」
「まあな…しっかし、なんでこんな攻めた企画やったんだろうな…しかも大阪でもだろ?」
劇場ライブは、毎回ただ人気者や推したい芸人を集めて出すだけではない。
ひなまつりで女芸人限定にしたり、似たような属性の芸人を集めたりする回もある。
しかし、今日のは明らかにおかしかった。
『ヴィンテージ芸人発掘企画』という名目で、芸歴10年以上、
そしてここ三か月以上+先のスケジュールにお笑いの仕事なし、
という芸人ばかり20組38人も集めているのだ。
これでは全組滑るのが当たり前で、チケットが安いとはいえお客さんの顔が死んでいた。
「ははは、5等星さん、嫌な顔されてんなあ」
『5等星』とは、射手さん、牛飼さん、大熊、白鳥さん、八木さんによる男五人組だ。
芸歴も年齢もばらばらで、一番若い大熊だけが俺たちと同期。
五人組という珍しさからか、結成当初は事務所の推しがそこそこあったが、
コント日本一決定戦の決勝でエログロネタで大会の歴代トップクラスに滑ってしまい、
それがきっかけで梯子を外され、劇場客からも嫌われ者になってしまった。
かくいう俺もあのネタを見たときは、あんなのがなんで選ばれたんだ、
あれよりは俺たちのベタなネタのほうが事故らないぶんマシだと憤ったものだが、
6年たってもこうして人の心に残っているのは、ある意味凄いことなのかもしれない。
「おっ、ラストはこいつか、まあこの中では一番有名だもんなあ…」
4年ほど前に、『どんな物騒な台詞でもかわいい口調で言う』という芸で一瞬売れかけた。
しかし、芸よりもそのルックスで注目を集めていたきらいがあるので、
若くてかわいらしい上に能力も高いグラジオラスが大阪からこちら東京に来ると、一気にお株を奪われてしまった。
でも哀しいかな、それでも俺たち東京13期生の中では、一番お笑いで稼いだ人物だろう。
『暗黒の13期』と言われても仕方がない。
全員のネタが終わると、打ちひしがれた俺たちの元に事務所のお偉いさんがやってきた。
「いやあ、みんなお疲れ様。いつもと違うメンバーで新鮮だったよ」
…やっぱり面白いとは言わないんだな。
「うちもたくさん芸人がいるからね。なかなか出してあげられなくて申し訳ない!
ということで、今日はそういう面々をまとめて集めて、
終わったら豪華なホテルにでも泊めてあげようと思ってね」
「本当かよ!」
なんて寛大な事務所だろう。
冴えない中堅芸人の群れが出していたどす黒いオーラが、一気にオレンジ色になった。
誰もがこんな経験は最後かもしれないと思ったのだろう、帰ろうとする者はいなかった。
「さ、バス用意したから乗って、乗って」
「ん? 最初からカーテン閉まってるんですね」
「ま、まあ、仮にも芸能人がこれだけいると、見つかるとまずいから、ね?」
劇場にすら熱心なファンとおぼしき人物がいなかったのに、そんなことがあるだろうか。
まあ、芸能人に対するお決まりの待遇みたいなものか。
「なんていうホテルですか?」
「それは行ってみての、お・た・の・し・み」
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