第7話 朝焼けと釣りと、挑戦のはじまり

AM 4:48。

東の空がわずかに白んでいく。

堤防には、すでにひとり立っていた。


「……寒っ」


制服の上にパーカーを羽織りながら、久江裕太はひとりで準備を始めていた。


釣竿、バケツ、クーラーボックス。それから今日使う仕掛けとエサ。

全部手際よく並べながら、時計をちらり。


(まだ来ねぇか)


少し不安になる時間帯。

でも、五分後――「おはよー!」という声が二つ、波音に混じった。


「……よく起きたな」


「うん!お姉ちゃんが目覚まし三つかけてたから」


「夏菜は2時から起きてたんだよ?テンション上がって眠れなくなってさ〜」


「……遠足前の小学生か」


とはいえ、ふたりとも眠そうな顔をしながらも、しっかり来ている。

顔を洗って、髪も結んで、着替えまでして。そんなところに、ちょっとした“やる気”を感じた。


「よし、じゃあ今日から“朝釣り練”。本気でいくぞ」


「お、お手柔らかに!」


まずは、アジ釣りの基本レクチャーから。


「このサビキ仕掛け、使い方わかるか?」


「これは……下にオモリがあって、餌カゴがあって……針が5本もある!」


「そう。撒き餌を水中に撒いて、そこに群れてくる魚をこの針で引っ掛ける。アジは群れで動くから、うまくいけば一度に2匹以上釣れることもある」


「うおお、なんかワクワクしてきた!」


竿の動かし方、ラインの張り方、合わせのタイミング。

裕太はひとつひとつ丁寧に教えた。思えば、誰かに釣りを教えるのはこれが初めてかもしれない。


(仕事のときは、黙って釣って終わりだったからな……)


だが今は違う。“教える”ことが、なんだかちょっと楽しい。


「わっ!なんか引いてるかも!?」


「ま、まって、こっちも引いてる!裕太くんーっ!」


「焦んな、ゆっくり巻け。竿立てて、テンション緩めんなよ」


ふたりの竿に同時ヒット。

裕太が並んで確認していると――


「釣れたっ!」


「わ、こっちも!アジだ〜っ!」


キラキラ光る2匹のアジが、朝焼けのなかで跳ねていた。


「……すげぇな、2人とも初回でダブルヒットとか」


「えへへ、先生が良かったからだよ〜♡」


「またその顔赤くなるやつだ……」


にやにやする夏菜に、裕太は顔を背ける。

不思議なことに、その頬が、少しだけ熱をもっていた。


「今日はこれで終わり。釣果はアジが6匹、イワシが4匹。上出来だな」


朝6時半。始業前ギリギリに解散する頃には、ふたりともバケツを誇らしげに覗いていた。


「これって、どうやって調理する?」


「さばき方も教えなきゃな。明日は朝練後、うちで調理練習するか?」


「えっ! 裕太くんち行っていいの!?」


「いや、キッチン借りるだけだからな」


「あ〜あ〜これは将来の義姉候補がチェック入るやつだね〜?」


「ぶっ飛ばすぞ夏菜……!」


いつものじゃれ合い。でも、その中に“本気”が確かに混じっていた。


文化祭まであと二週間。

堤防と、料理と、学校と――不思議な三角形が、少しずつ形になっていく。


その日の授業中。

眠気と戦いながらノートを取っていると、横から小さなメモが滑ってきた。


「アジフライ、どの油で揚げるのが一番おいしいかな?」

ー 結菜


それを見た裕太は、ボールペンでこう返した。


「サラダ油にラード混ぜろ。カリッと揚がる」


二人だけの“釣りクッキング通信”。

黒板よりもそのやりとりのほうが、なんだか今は楽しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る