第10話 盗まれた古文書と、ケンの推理

ローゼンハイム卿の屋敷は騒然としていた。衛兵隊も捜査に入ってはいたが、有力な手がかりは見つかっていないようだった。ケンはまず、エリアーデから詳しい話を聞いた。

「盗まれたのは、昨夜のことだと思います。今朝、書斎に入ったら、厳重に保管していたはずの古文書の一部がなくなっていました。鍵は壊されておらず、侵入の形跡も巧妙に隠されていました。プロの仕業です」

エリアーデは悔しそうに唇を噛んだ。


ケンは書斎の状況を検分し、ローゼンハイム卿や屋敷の使用人たちからも話を聞いた。その結果、いくつかの不審な点に気づいた。

第一に、盗まれたのがエリアーデがまさに解読しようとしていた部分ピンポイントであること。これは、犯人が古文書の内容、あるいはエリアーデの進捗状況をある程度把握していた可能性を示唆する。

第二に、屋敷の警備が厳重であるにも関わらず、あまりにも手際が良すぎること。内部に協力者がいたか、あるいはよほどの手練れでなければ不可能だ。


「ローゼンハイム卿、この古文書の存在や、エリアーデさんが解読にあたっていることは、どの範囲までご存知の方がいらっしゃいますか?」

「うむ…ごく一部の者だけだ。私の長年の友人で、同じく古代史を研究している数名の学者と、あとは…そうだな、最近、この古文書に強い興味を示していた、新興の商人ギルドの長くらいか」

「商人ギルドの長…ですか?」

「ああ、名をバルガスという。少々強引な男でな。この古文書を買い取りたいと何度か申し出があったが、断っていたのだ」


(バルガス…聞いたことのない名前だ。赤蛇の牙とは別の線か…?)

ケンは、そのバルガスという人物について調べることにした。リリアに町の商人たちの間でバルガスの評判を聞き込みさせ、ガウルにはバルガスの商会の周囲をそれとなく探らせた。


一方、エリアーデは落ち込んでいる暇はなかった。盗まれた部分以外の古文書の解読を続けながら、記憶を頼りに盗まれた部分の内容を再現しようと試みていた。

「ケン様、盗まれた部分には、古代の精霊魔法に関する記述があったと思われます。非常に強力な魔法ですが、扱いを誤れば大きな災厄を招く危険性も…」


数日後、リリアとガウルからの情報が集まってきた。バルガスは、一代で財を成した成り上がりの商人で、最近では貴族の称号を得ようと画策しているらしい。そのためには、何か大きな手柄や、あるいは強力な後ろ盾が必要だと噂されていた。そして、ガウルの報告によれば、バルガスの商会の裏手で、見慣れない紋章を付けた者たちが密かに出入りしているのを目撃したという。その紋章は、ケンには見覚えがあった。それは、武術大会でガウルが戦った黒鎧の剣士が身に着けていたものと酷似していたのだ。


(黒鎧の剣士…バルガス…そして古文書。繋がった…!)

ケンの中で、事件の輪郭が見えてきた。

黒鎧の剣士は、おそらくバルガスに雇われ、武術大会で名を上げ、ローゼンハイム卿に近づくための布石だったのではないか。そして、大会でガウルに敗れたことで計画が狂い、直接的な手段、すなわち古文書の強奪に及んだ。襲撃事件は、口封じか、あるいは計画の遅延を狙ったものか。


「エリアーデさん、ローゼンハイム卿。犯人の目星がつきました。おそらく、商人ギルドのバルガスです。そして、彼らは盗んだ古文書を使って、何かを企んでいる可能性が高い」

ケンの言葉に、エリアーデとローゼンハイム卿は息を飲んだ。

「では、どうすれば…?」

「まずは証拠を掴みます。そして、古文書を取り戻し、彼らの企みを阻止する。エリアーデさん、盗まれた古文書に記されていた精霊魔法について、もっと詳しく教えていただけますか? それが、彼らの目的を探る鍵になるかもしれません」


ケンの指揮のもと、アシュトン事務所のメンバーは、見えざる敵の陰謀を暴き、エリアーデの初仕事を成功させるために動き出した。

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