閑話・かつて夫だった男の独白

「あら、ジョーンズ子爵だわ」

「すごいわね。どうして今でも社交の場に顔を出せるのかしら」

「元奥方に、あんなことをしておいてなぁ」


 マリーンの元夫であるローランを腐す声が、不快に耳を打つ。

 ローランは怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら、足早にパーティーの会場を進んだ。

 醜聞が巷で流れているとはいえ、社交に行かないという選択肢はない。

 アンドルーズ侯爵家から見捨てられたジョーンズ子爵家の事業の業績は坂を……どころか崖を転がるように転落し、家はすっかり借金塗れで没落寸前だ。

 ──できることはすべてやったが、もう手詰まりだ。

 ──社交の場に出て、早急に次の鴨を見つけねばならない。

 そんな理由で、ローランは厚顔無恥と嗤われながらも社交の場に出続けている。

 とはいえそれは、容易なことではなかった。

 以前はローランの華やかな容姿に集っていた女たちは今ではまったく見向きもせず、それどころか冷たい目を向けるばかりだ。

 男の友人たちも会話を二言三言交わしただけで、そそくさとどこかへ去って行く。

 アンドルーズ侯爵家の怒りを買ってしまったことの弊害を、ローランは強く感じていた。


(くそっ。お前ごとき、伯爵家の娘じゃなければ誰が声をかけるか。この醜女が!)


 声をかけた令嬢に袖にされ、ローランは内心毒づいた。以前のローランであれば絶対に声を掛けない──明らかに見目が劣る令嬢にすら、彼は相手にされなくなっていたのだ。

 マリーンが居た時はよかった。侯爵は『マリーンのためなら』と言って気前よく事業に支援し、侯爵家との縁続きならと景気のいい話が山のように舞い込んだ。あれはこの世の春だったと、ローランは過去の幸福を噛み締める。

 愛人──アンジェリカは、いろいろよくしてやったローランを見限り家を出て行った。しかも家から、多数の貴金属を持ち出してだ。

 空っぽのアンジェリカの部屋を目にした時、ローランは裏切りの衝撃で呆然とした。


(元はといえば、あいつの悋気が強いかったせいだ! アンジェリカが愛人らしく遠慮深く過ごしていれば、僕はマリーンを大事にし今のようなことにはならなかった!)


 マリーンを蔑ろにしたのは、愛人だけではなくローラン本人もだ。

 しかし彼の都合のよいことしか覚えていられない脳みそは、それをすっかり忘れ去っていた。


(……そうだ。マリーンはきっと、まだ僕を愛している。僕のことを思いながら、どこかで泣き暮らしているに違いない。彼女を迎えに行こう。僕たちの邪魔者であるアンジェリカは、すでに家にいない。今ならマリーンと幸せに過ごせる。マリーンが戻ってくれば、侯爵も僕を許すだろう。そうだ、それがいい)


 侯爵が隠してしまったマリーンを見つけ出し、ともに幸せになること。

 それが使命だとローランは思った。……そう自分に思い込ませてしまった。

 この日から、ローランのマリーンを探す日々ははじまったのだ。

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