11

 屋敷の玄関扉を叩く音は止まない──どころかどんどん激しくなっていく。どれだけ強い力で叩いているのか、扉は内側へとひしゃげはじめこのままでは崩壊してしまいそうだ。そんな様相の扉を、執事のサンとメイドのジャクリーンが怯えた表情で見つめていた。


「すまない、あれはうちの従者だ。あの粗忽者め」


 申し訳なさそうな表情のオスカーの言葉を聞いて、サンが覚悟を決めた表情で扉を開けようとしたその瞬間。扉が破壊され、黒い影が屋敷へ闖入してきた。


「オスカー坊ちゃん!」

「きゃーっ!」


 叫びながら大柄な狼獣人が勢いよく駆けてきたので、マリーンは悲鳴を上げながら固まってしまった。


(ど、どうしよう。男の人だわ……!)


 衣服を纏っていても筋肉質であることが見て取れる、見上げるほどに高い身長。男臭さを感じさせる、整った顔立ち。低く響く、野太い声。久しぶりに出会った……マリーンにとっての恐怖の対象である『成人男性』。失礼だとはわかっていつつも、その存在への怯えが止まらない。

 歯を鳴らしながら大きく震えだしたマリーンを目にして、狼獣人は怪訝そうな顔になる。次にそのすぐ側にいるオスカー視線を向け、ぱっと表情を明るくした。


「オスカー坊っちゃん──」

「ひっ!」


 ずかずかと大股で歩み寄ってくる狼獣人に、マリーンは涙目になってしまう。顔からはどんどん血の気が引いていき、このままでは卒倒してしまいそうだ。けれど女主人としての矜持を保たねばと、マリーンは気力を振り絞ってその場に立った。


(どうしよう。オスカー様の従者だとわかっていても、やっぱり怖い……!)


 震えるマリーンを背後に庇い、オスカーは狼獣人の男を睨みつけた。


「コリン!お前が粗雑なせいで、マリーン嬢が怯えているじゃないか。屋敷に泊めてくれた恩人に対して失礼だぞ!」

「やや、これは失敬……!」


 オスカーにコリンと呼ばれた狼獣人はハッとした表情になり、ぴしりと背筋を伸ばす。彼が着ているものは、よく見ると制服のようなもので、腰には剣を佩いている。彼はきっと、騎士なのだろう。

 ……非礼はともかく、壊れてしまった扉はどうしよう。

 少し落ち着いてくると、現実的な問題が頭をもたげてくる。この屋敷は街から遠く、修理の職人を呼ぶのも一苦労なのだ。ちらりとサンを見れば、彼は途方に暮れたように吹き飛んでしまった扉を見つめている。マリーンとサンの視線の先に気づいたオスカーは、コリンの脛を強めに蹴飛ばした。


「ぼ、坊っちゃん!?」

「恩人の家の扉を壊してどうする!」

「……はっ! 坊っちゃんの匂いを辿ることに、その。必死になってしまいまして。申し訳ありません!」


 コリンはマリーンに向かって、綺麗な直角の礼をする。マリーンはどう返していいのかわからず、「いえいえ」などともごもご言いつつ笑みを浮かべることしかできなかった。


「すまない、マリーン嬢。扉はこちらで修繕をするから」


 マリーンの手を握りながら、オスカーが申し訳なさそうに申し出る。


「いえ、その。お気遣いなく」

「そういうわけにはいかない!」

「そうです、私が責任を持って修繕いたします!」


 コリンにもずいと詰め寄られ、マリーンは涙目になる。

 ……彼に悪気はない、それはわかっているのだ。けれど成人男性に詰め寄られると、とてつもない恐怖を感じてしまう。

 握られたままだったオスカーの手をぎゅっと握る。すると、優しい力で握り返された。

 その柔らかで温かな感触に、マリーンの恐怖感は少しずつ収まっていった。

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