第21話 夢を見る花

森を抜け、谷を越え、果てしなく歩いた先で、ふと足を止めた。夕映えの光が斜めに差し込む草原に、小さな風のうずが舞い上がる。薄紅の花びらがふわりと舞い、森の巨木の根元で受け取った『夢を見る花』からは温もりを感じた。


スヴェフンロートは言った。

「枕元に置いて眠れば...きれいな夢が見られる...これからきっと出会う...」


辺りに風がざわめき始める。小さな野営地を整え、薪を焚べ、花をそっと掌に取り出した。かすかな香気が漂い、まるで花が呼吸しているかのようだ。


焚火が柔らかく揺れる。

花を顔のそばに置いて横たわった。


そして夢が訪れた。


霞がかった薄明の湖畔。

静かに腰を下ろした。水に手を触れる。

胸元を探り、ふと、指が触れたのは『夢を見る花』。

スヴェフンロートから託された白い花。


その花が、今、淡く光っている。

ぽぅ、と微かな輝きが花からこぼれ、湖面へとふわりと舞い落ちる。

光の粒は水面に触れたかと思うと、すうっと溶けた。


その瞬間、

靄に包まれた水面の彼方から、白い影が現れる。

姿は少女のようで、けれど人とは異なる気配をまとっていた。髪は淡く銀色に輝き、衣は風のように揺れている。


白銀の髪。うすく透ける水のような衣。

その姿は、現実と夢の境に揺れていた。

顔立ちも、輪郭も、はっきりとは見えない。だが、彼女は微笑んでいるようだ。


「君は......?」

声に出したのか、思っただけだったのか、自分でも判らなかった。


声をかけると、少女はそっと立ち止まった。

ただ静かに、彼の胸元を見つめた。

「あなたは...まだ、名を知らないひと...でも、ずっと前から知っていた気がするの」

声はかすれた囁きのように、耳元に触れる。

「夢の国でだけ...こうしてあなたに逢える。そのために、私は...目を閉じるの」


少女は湖の中にそっと足を踏み入れ、波紋が月光を弾く。

俺は声を出そうとするが、夢の中の身体は重く、言葉は霧のように溶けていく。


「目覚めたら...きっと、私のことは思い出せない。でも、それでもいいの。ただ、あなたの旅が...無事でありますように」


その声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。名も知らぬ彼女の、切なさと温もりが、夢という形を借りて確かに心に触れてくる。


「夢が現になるまで、あなたを持っている」

彼女がそう言った刹那、湖畔に朝の光が差し込み、あたりの景色が白く溶けていった。

「君の名を......」


呼びかけようとしたその瞬間、少女の姿が、霧のように溶けはじめた。


「待って、まだ!」


目覚めた俺の胸には、かすかに香る『夢を見る花』。

花びらが静かに地に落ちていく。

それは、確かに夢だった。

けれど...胸の奥に残る温もりは、夢よりもずっと現実だった。

この先の旅路に、再びあの面影と巡り合う日が来るのだと、

心のどこかで、深く確かに感じた。



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週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です

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