名前の力
「そんなの、できるわけない」
その言葉を口にした瞬間、空間が軋んだ。
重く、深く、まるで契約そのものが「想定されなかった反応」に揺らぎ始めているようだった。光も色も流れ出し、クレアの足元に亀裂が走る。
“古き存在”が再び語りかける。
「選択は絶対だ。二重の魂を持ち帰ることは、均衡の破壊に繋がる」
クレアは叫んだ。
「私たちは秤じゃない! 命を交換する計算式じゃない! そんな契約――壊してやる!」
繭の中のジョナが、はっと目を見開いた。
そのとき、クレアの記憶に残っていた“ある場面”が脳裏に浮かぶ。
──兄と秘密の遊びをしていた幼い日。彼はクレアに言った。
「本当に怖くなったら、僕の名前を3回呼んで。そうしたら、どこにいても助けに来るから」
それはただの子供の約束だった。けれど――
名前には力がある。
クレアは、涙をこらえながら叫んだ。
「ジョナ!」
繭が震えた。
「ジョナ!」
空間がひび割れる。繭から光が漏れ始める。
そして、最後に――
「ジョナ!!」
その瞬間、空間が爆ぜた。
繭が割れ、赤と黒の膜が破裂し、そこからひとつの形が放たれる。白く、やせた少年の魂のかたち。目を閉じていたその存在が、ゆっくりと目を開いた。
それは、“本当のジョナ”だった。
彼の目には、クレアが映っていた。
「……遅いよ」
その声に、クレアは笑った。泣きながら、笑った。
だが、その瞬間、空間の奥が砕けるように崩れ、“契約そのもの”が正体を現し始めた。
黒く、巨大な存在。無数の目を持ち、顔という概念のない顔。人の言語では定義できない“概念の怪物”が空間の縁に姿を現す。
声なき声で、こう告げる。
「名を呼ぶことは、名付けること。名を与えた者は、契約の主体となる」
クレアは理解した。
彼女は今、“観測者”ではなく“当事者”になった。
魂を呼び戻したことで、この契約の“主”に選ばれた。
代償は、変わった。
「帰るには、もう一度名を呼べ」と、声が告げる。
だがその名は、今度は――自分自身の名前だった。
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