第21話 刃痕の乙女


 ギルドの一角、特別施設から少し離れた待合フロア──。


 そこには、やや異様な熱気が満ちていた。

 原因は明白だ。


「ねえ、今レオン様と話してたあの子……見た? 見たよね!?」

「しかもエルド様まで!? どういう状況!? 新人じゃなかったっけ!?」

「ねえ、あれ、尊くない!? すごくない!? あの子、なに者!?」


 興奮を抑えきれずひそひそと、しかし熱を帯びた視線を向けていたのは、ゴールドランクの女性限定パーティー──《刃痕の乙女(スカー・メイデン)》の面々である。


 全員、見た目も実力もギルド内ではかなりの評判だが……その素顔は。


「……よし、囲もう」


 リーダー格の女戦士・リスティが小さく囁くと、周囲の三人が一斉に立ち上がった。


 ──レイが、ひとり受付から戻ってきたその瞬間だった。


「あなた、今レオン様とエルド様と会話してたわよねぇ!?」

「どんな話してたの!? もちろん守秘義務以外でいいのよ!?」

「そうだ、このあと食事でもどう? わたしたちおごるわよ!」


 圧がすごい。明らかに食い気味である。


 レイは目を丸くしつつも、困惑と少しの優越感を隠しきれずに口を開いた。


「え、えっと……レオンさんとは、二人でクエストに行ってきた帰りで、それをエルドさんに報告していただけで──」


 ──きゃああああああああああ!!!


 四人同時に沸き立つ悲鳴。

 ギルドの一角が、まるでアイドルを目撃した女子高生たちの群れと化す。


 あまりの熱量に引きながらも、どこか悪い気がしないレイは、お誘いを受け入れることにした。


 「では、軽く……」と答えたのが運の尽き。


 案内されたのは、なんとパーティーメンバーのひとりが住む、一軒家だった。


「やっぱり話は、落ち着いた場所でじっくり聞きたいじゃない?」


 笑顔で言う彼女たちを前に、レイはただ頷くしかなかった。



 なお、この《刃痕の乙女(スカー・メイデン)》──

 表向きこそクールで華やかな実力派だが、

 実態は“プラチナ以上のイケメン冒険者をめでる”ためだけに結成された、由緒正しき追っかけ集団である。


 ギルドランクがゴールドまで上り詰めたのも、すべては“近づくための実績作り”という執念の賜物である……。



「で? ででで? レオン様って、普段からあのテンションなの?」「いやマジでわかる、あの“低音でぶっきらぼうなのに守ってくれる”感じ! あれ破壊力高すぎでしょ」「ていうか何、上裸だったってマジ!? それ、合法!? 世界のバランス取れてる!?!?」


 ──うるさい。けど、楽しい。


「いやいや、普通じゃないですからね。最初めっちゃ突き放してきたんですよ? なのに急に助けてくるし、なんか……もう……」


「はい出た、ツンデレ系! 設定食い込みましたー!」


「いや違うんですって! ツンじゃなくて、こう……“壁”なんですよ、壁。鉄壁」


「でも惚れたんでしょ?」「はい(即答)」「素直か!」


 笑いが起きる。

 こんなに遠慮なく、女同士でバカ話できるのって、どれくらいぶりだろう。


 イケメン談義は止まらない。


「私はね~、エルド様派! あの笑ってるんだか企んでるんだかわからない目がたまらんのよ」


「え、ちょっとわかる。あれでいて優しいのずるい」


「私は無口系が好きだから、やっぱレオン様推し。あの背中で語る感じがね~」


「ふふ、じゃあわたしは……」


 いつの間にか、わたしも輪の中で笑っていた。

 年齢もランクも、性格も、得意な武器も違うのに──

 不思議と、すごく気が合った。


(……あれ、これ、わたし、いま一番楽しいかも)


「ねえレイちゃん、正直いちばん“きゅん”って来たのって、どこ?」


「……うーん、たぶん……惚れてるの、気づかれたとき……かも、です」


「えっ、それもう核心じゃん!?」


「ちょ、まって、どういうシチュ!? 胸きゅん指数いきなり振り切ったんだけど!!」


「クエストの帰り道で、ちょっと足を滑らせそうになったとき……支えてくれて……そのまま、抱きとめられて……」


「うおおおおおお!!! 名シーンきたぁあああ!!」

「え、待ってそれ、王道すぎて尊いんだけど!!」


「しかも、わたし何も言えなくて……そのまま固まっちゃって……」


「無抵抗!?」「そのまま!?」


「で、あとで宿に呼ばれて行ったら……なんか、わたしのこと気にせず、そのまま着替え始めてて……上半身裸で……がっつり……」


「見たんだ!?」「いやそれもう、わざとじゃん!天然の誘惑か!!」


「しかもですよ!? 最後にあの時“そのまま抱かれてたらどうするつもりだった”って……」


「うわああああああ!!!! 何それ何それ何それ!!!」

「待って心臓止まる!!」「攻め? 包容? なにその沼構造!!」


「も、もうわたし、あのとき羞恥で魂抜けるかと思って……!」


 わたしは、笑いながらも頬がほんのり熱くなるのを感じた。


「でもすごいなあ……わたしたち、推しが会話圏に入っただけで3日引きずるのに、その人とクエスト行って、泊まって、直に怒られてんのよね……」


「うらやまっていうか、それもう神話級体験だから」


「書籍化してほしい、ってか今してる、ここで」


「やめてください、そんな持ち上げられるほどのことじゃないですって……!」


「ところでさ」

 リスティが、ふいに真面目な顔で切り込んできた。


「レイちゃんって、ランクいくつだっけ?」


「えっ、あ……ブロンズです。まだ、はい」


「…………よし。じゃあまずは、うちの“非公式候補生”ってことで」


「え?」


「ほんとに入れるのかどうかは別として、気持ちはもうメンバー扱いだからね?」


「へっ?」


「いや、ほら、趣味合うし。イケメン話通じるし。あと見た目可愛いし。あと……レオン様と繋がってるし!」


「最後の理由、本音すぎる!!」


 笑いと共に、グラスが軽くぶつかる音が響く。

 レイの心は、少しだけほぐれていく──

 推しを語れる仲間がいるというのは、こんなにも楽しいことだったのか、と。

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