第21話 刃痕の乙女
◆
ギルドの一角、特別施設から少し離れた待合フロア──。
そこには、やや異様な熱気が満ちていた。
原因は明白だ。
「ねえ、今レオン様と話してたあの子……見た? 見たよね!?」
「しかもエルド様まで!? どういう状況!? 新人じゃなかったっけ!?」
「ねえ、あれ、尊くない!? すごくない!? あの子、なに者!?」
興奮を抑えきれずひそひそと、しかし熱を帯びた視線を向けていたのは、ゴールドランクの女性限定パーティー──《刃痕の乙女(スカー・メイデン)》の面々である。
全員、見た目も実力もギルド内ではかなりの評判だが……その素顔は。
「……よし、囲もう」
リーダー格の女戦士・リスティが小さく囁くと、周囲の三人が一斉に立ち上がった。
──レイが、ひとり受付から戻ってきたその瞬間だった。
「あなた、今レオン様とエルド様と会話してたわよねぇ!?」
「どんな話してたの!? もちろん守秘義務以外でいいのよ!?」
「そうだ、このあと食事でもどう? わたしたちおごるわよ!」
圧がすごい。明らかに食い気味である。
レイは目を丸くしつつも、困惑と少しの優越感を隠しきれずに口を開いた。
「え、えっと……レオンさんとは、二人でクエストに行ってきた帰りで、それをエルドさんに報告していただけで──」
──きゃああああああああああ!!!
四人同時に沸き立つ悲鳴。
ギルドの一角が、まるでアイドルを目撃した女子高生たちの群れと化す。
あまりの熱量に引きながらも、どこか悪い気がしないレイは、お誘いを受け入れることにした。
「では、軽く……」と答えたのが運の尽き。
案内されたのは、なんとパーティーメンバーのひとりが住む、一軒家だった。
「やっぱり話は、落ち着いた場所でじっくり聞きたいじゃない?」
笑顔で言う彼女たちを前に、レイはただ頷くしかなかった。
◆
なお、この《刃痕の乙女(スカー・メイデン)》──
表向きこそクールで華やかな実力派だが、
実態は“プラチナ以上のイケメン冒険者をめでる”ためだけに結成された、由緒正しき追っかけ集団である。
ギルドランクがゴールドまで上り詰めたのも、すべては“近づくための実績作り”という執念の賜物である……。
◆
「で? ででで? レオン様って、普段からあのテンションなの?」「いやマジでわかる、あの“低音でぶっきらぼうなのに守ってくれる”感じ! あれ破壊力高すぎでしょ」「ていうか何、上裸だったってマジ!? それ、合法!? 世界のバランス取れてる!?!?」
──うるさい。けど、楽しい。
「いやいや、普通じゃないですからね。最初めっちゃ突き放してきたんですよ? なのに急に助けてくるし、なんか……もう……」
「はい出た、ツンデレ系! 設定食い込みましたー!」
「いや違うんですって! ツンじゃなくて、こう……“壁”なんですよ、壁。鉄壁」
「でも惚れたんでしょ?」「はい(即答)」「素直か!」
笑いが起きる。
こんなに遠慮なく、女同士でバカ話できるのって、どれくらいぶりだろう。
イケメン談義は止まらない。
「私はね~、エルド様派! あの笑ってるんだか企んでるんだかわからない目がたまらんのよ」
「え、ちょっとわかる。あれでいて優しいのずるい」
「私は無口系が好きだから、やっぱレオン様推し。あの背中で語る感じがね~」
「ふふ、じゃあわたしは……」
いつの間にか、わたしも輪の中で笑っていた。
年齢もランクも、性格も、得意な武器も違うのに──
不思議と、すごく気が合った。
(……あれ、これ、わたし、いま一番楽しいかも)
「ねえレイちゃん、正直いちばん“きゅん”って来たのって、どこ?」
「……うーん、たぶん……惚れてるの、気づかれたとき……かも、です」
「えっ、それもう核心じゃん!?」
「ちょ、まって、どういうシチュ!? 胸きゅん指数いきなり振り切ったんだけど!!」
「クエストの帰り道で、ちょっと足を滑らせそうになったとき……支えてくれて……そのまま、抱きとめられて……」
「うおおおおおお!!! 名シーンきたぁあああ!!」
「え、待ってそれ、王道すぎて尊いんだけど!!」
「しかも、わたし何も言えなくて……そのまま固まっちゃって……」
「無抵抗!?」「そのまま!?」
「で、あとで宿に呼ばれて行ったら……なんか、わたしのこと気にせず、そのまま着替え始めてて……上半身裸で……がっつり……」
「見たんだ!?」「いやそれもう、わざとじゃん!天然の誘惑か!!」
「しかもですよ!? 最後にあの時“そのまま抱かれてたらどうするつもりだった”って……」
「うわああああああ!!!! 何それ何それ何それ!!!」
「待って心臓止まる!!」「攻め? 包容? なにその沼構造!!」
「も、もうわたし、あのとき羞恥で魂抜けるかと思って……!」
わたしは、笑いながらも頬がほんのり熱くなるのを感じた。
「でもすごいなあ……わたしたち、推しが会話圏に入っただけで3日引きずるのに、その人とクエスト行って、泊まって、直に怒られてんのよね……」
「うらやまっていうか、それもう神話級体験だから」
「書籍化してほしい、ってか今してる、ここで」
「やめてください、そんな持ち上げられるほどのことじゃないですって……!」
「ところでさ」
リスティが、ふいに真面目な顔で切り込んできた。
「レイちゃんって、ランクいくつだっけ?」
「えっ、あ……ブロンズです。まだ、はい」
「…………よし。じゃあまずは、うちの“非公式候補生”ってことで」
「え?」
「ほんとに入れるのかどうかは別として、気持ちはもうメンバー扱いだからね?」
「へっ?」
「いや、ほら、趣味合うし。イケメン話通じるし。あと見た目可愛いし。あと……レオン様と繋がってるし!」
「最後の理由、本音すぎる!!」
笑いと共に、グラスが軽くぶつかる音が響く。
レイの心は、少しだけほぐれていく──
推しを語れる仲間がいるというのは、こんなにも楽しいことだったのか、と。
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