第14話 レイナ・アルフェリード

 ──レイナ・アルフェリード。それが私の本名。


 王都の外れにある、ちょっと古びた魔術師の家系──アルフェリード家の出。

 いちおう貴族の名残はあるけれど、いまはただの地味な魔法好き一家。

 家には年の離れた兄がいて、家のことはすべて彼が継ぐことになっていたから、私は好きなことをしていてよかった。

 けれど私は、小さいころから魔法が好きだった。

 魔法陣の構造に見惚れ、式の組み立てに夢中になり、気づけば毎日そのことばかり考えていた。

 そんな日々が続いて、十代の終わりには王立魔法研究局に招かれることになる。


 でも、心はいつも、どこか空っぽだった。


 ──私は、何のために魔法を学んでいるんだろう。


 そんな問いを抱えたまま、研究職として数年を過ごし、そして気づけば三十を過ぎていた。


 恋も、冒険も、小説の中でしか知らなかった。

 だから私は、研究と現実の間で干からびそうになった自分を、ひとつの魔法で変えることにした。


 ──擬態魔装メイクアップ・シェル


 それが、いまの私を創っている魔法。

 幼い少女の姿に変わり、“レイ”として、新しい物語を始めるための。


「でも……レイと過ごした時間だけは、本当だから」


 ハルの最後の言葉を思い出す。

 嘘のなかで出会った二人。でも、あの時間だけは、本物だった。


 胸の奥に、ぽつりと、あたたかい灯が残っている。

 消えてしまわないように、そっと手を添えたくなるような、そんな灯り。


──────────


 朝の光が、宿の窓から差し込んでいた。


 ぼんやりと天井を見つめながら、私は深く息を吐いた。

 胸の奥に残っていたハルの言葉が、静かにあたたかく響いている。


「……レイと過ごした時間だけは、本当だから」


 ──そう。本物だった。

 たとえ彼が何者であったとしても、あの時間は、確かに私の心を揺らした。

 だからもう、立ち止まってはいられない。


「次の出会い、探さなきゃね」


 そう口にすると、不思議と体が軽くなった気がした。


 ふと、頭の片隅で何かが引っかかる。

 ……あ。そういえば、週次の研究報告。


「しまった、そろそろじゃなかったっけ……?」


 思い出して、慌てて起き上がる。

 セーレンの研究局──私の現実、もうひとつの居場所。

 このまま忘れてたら、何を言われるか分からない。


 旅の途中だけど、一度戻るしかない。


 私は荷物をまとめると、小さく頷いた。


「よし。帰ろう、いったん」


 そう呟いて、私は宿の部屋を後にした。



 セーレン──地方都市にして、私の研究員としての拠点でもある場所。


 久々に戻ってきたが、あまり堂々と歩ける気分ではなかった。

 変に目立たないよう、私は裏通りを選んで歩く。

 ギルドの近くなんて、なるべく避けたい。


 半ば失踪のようにふらっと町を出た手前、顔を合わせたくない人もいる。

 ヨウマ──最初に惚れた年下の男の子。

 何もなかったとはいえ、ちょっと浮かれていた自分を思い出すと、今さら妙に気恥ずかしい。


「……今はちょっと、無理」


 そうつぶやいて、自宅の扉を開ける。


 中に入り、誰もいないことを確認すると、私は静かに指輪を外した。


 魔力の波が肌を撫で、姿が元に戻る。

 鏡の中には、三十路を越えた私──青白く鈍い光を帯びた魔法陣が、

 顔から首筋、手の甲、腹部、脚へと、静かに浮かび上がっている。


 びっしりというわけではない。

 だが、そのすべてが精緻に計算された配置で刻まれており、

 一目見れば尋常ではない魔術の存在感を放っていた。


 まるで身体そのものが一つの術式の器であるかのような異様さ。


 見る者によっては神秘、あるいは……恐怖すら感じるかもしれない。


 それが、私の本当の姿だった。


「ふぅ……。とりあえず、ただいま」

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