Hyper_short
ねこてん
同音異物変換マシーン
眼前に広がる荘厳な建物に、毎度のことながら気圧されつつも、私はインターホンを押した。
気の抜けた音がぽーんと鳴り、
「やあ、いらっしゃい」
と柔和な笑顔を浮かべて博士が顔を出した。
博士は数々の画期的な発明で知られる天才だった。その発明はどれも独創的で、世界中の研究者から注目を集めている人物だ。私は博士に懇意にしてもらっており、新作の取材許可を毎回、一番にいただいていた。
私は期待に胸を膨らませ、扉をくぐった。博士の発明に関する記事はいつも飛ぶように売れたし、何より私は博士の作る不思議な発明が大好きだった。
傷ひとつない真っ白な廊下は、蛍光灯や電球の類が見当たらないのに、不思議と明るかった。博士に連れられて進み、突き当たりの扉に到着した。
「この扉だよ」
博士が手を触れると、ピーという電子音と共に扉はひとりでに開いた。
四畳半ほどの広さの部屋には、足の踏み場もないほどにさまざまなものが散らばっており、その中央には、縦横二メートルほどの卵型の装置が鎮座していた。
「今度は一体、どんな発明をなさったのですか」
「実際に見たほうが早いだろう。足元に気をつけて」
博士は物を踏まないように、器用に足を運びながら、中央の装置へと歩き始めた。私もその後に続いた。
箸、紙、ワインのコルク。散乱している物体は、一体何の意味があるのか、まとまりがまったく感じられなかった。
「大きいですね」
近くで見ると、装置は巨人の心臓のように大きく、静かに脈打つような存在感があった。装置は小型の宇宙船のように内部に空洞があり、一部がガラス張りの扉になっていた。そして、何本ものチューブが表面に血管のように張り巡らされており、中には粘着質な液体が満ちていた。
「これは同音異物変換マシーン。使い方は簡単。まずは装置に何らかの物体を入れる」
博士は装置の扉を開けると、自身の頭から髪の毛を一本抜いて、それを投げ入れた。
「後はこうして、このボタンを――」
博士が装置に指を伸ばすと、唸るような駆動音が鳴り出し、チューブの中の液体がボコボコと音を立てて流れ始めた。激しく揺れる装置を見て、爆発するのではないかと、私は数歩距離を取った。しかし、やがて、チーンという音が鳴り、白い煙を吐き出しながらも装置は静かに停止した。
そのとたん、装置の上部から一枚の紙がひらひらと舞い落ちる。
「成功です」
博士はその紙を空中で器用に掴むと、ヒラヒラと揺すってみせた。
「私は先ほど、私の髪の毛を入れました。そして、それが変換されて、同じ名前を持つ物資である、紙になったわけです」
「なるほど、物質を別の同音異義語の物質に変換できる。だから、同音異物変換マシーンなのですね」
「そういうことです。これを使えば髪の毛から紙を大量生産することが出来ますし、装置を大きくすれば、一本の箸から橋を建てることも出来るようになるでしょう」
私は装置を自分でも試したくて仕方がなかった。
「博士、私も装置を使ってみてもいいでしょうか」
「勿論です。では、これを変換してみなさい」
博士は透明な液体の入ったガラス瓶を私に手渡した。
「何ですか、これは」
「変換してみれば、お分かりになるでしょう。さあ」
私は装置の中に瓶を入れ、装置のボタンを押した。装置は先と同じように駆動し、やがて停止した。
装置の中には前と変わらず瓶が入っていた。しかし、その中身は違った。瓶の中には色とりどりの飴玉がギッシリと入っていた。
「これは、飴玉ですか。ということは……雨、ですか」
「そうです、先程の瓶に入っていた水は雨水なのです。面白いでしょう」
「これは食べられるのでしょうか」
「ええ、例えどんなに汚れた雨水を使っても大丈夫です。この装置で作られた食べ物は常に、安全に食べることが出来ますよ」
私は飴玉をひとつ、恐る恐る口に入れた。甘いイチゴ味だった。
と、そこで博士のポケットから軽快な音が鳴り始めた。博士はスマホの画面をチラリと見ると、
「すまない、妻からだ。その装置と床に転がっている物は自由に使ってくれ。飴玉のように食べられるものは食べてもらっても構わない」
と言って部屋を出ていった。
私は嬉しくなって次々と変換を行った。やがて、自分の髪を、紙へと変えたり、床に転がっていた銅線をコルク栓に変えたりと、忙しくしているうちに、喉の乾きを覚えた。
「先ほど舐めた甘い飴玉のせいだな」
何か飲み物は無いかと、辺りを見渡すと装置の側に、一つ、林檎が転がっているのを見つけた。その林檎は傷一つ無い、綺麗な物で、ずっしりと重たかった。
「真っ赤で、美味しそうな林檎だ。博士の許可もあることだし、食べてしまおう」
その林檎はハリがあって、大変みずみずしく、喉の乾きはすっかり落ち着いた。
「さて、次は何を変換して遊ぼうか」
私は床一面に散らばる物を物色して、次の変換材料を探し始めた。そこに、博士が現れた。
「やあ、楽しんでいるかい。申し訳ないが、もう少しだけ、この装置で遊んでいてはくれないか。実は妻から娘が居なくなったと電話があってね。娘が居なくなった時は、いつもこの研究室に無断で潜り込んでいるのが定番でね」
博士はそう言って、部屋を出ると娘の名前を呼び始めた。
「おーい、りんご。出ておいでー」
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