第17話 似た者親子
土方を底辺呼ばわりする層と、それに対して怒りをあらわにする層の論争が、SNSでは絶えず行われている。その論争に加わる気はないが、一つだけ言わせてくれ。
彼らは凄い! 天才とは呼べないかもしれないが、この仕事を続けられるのは一種の才能であり、それを嘲笑う権利なんてない!
「死ぬぅ……」
「ファイト! 男の子でしょ!」
男の子だって辛いものは辛いんだよ。屋外にそぐわない豪華な椅子で扇子をパタパタしてるお前にはわからんだろうが、土を外に運び出すだけでも相当な重労働なんだよ。車輪ついてるから余裕とか、そんなことはないから。
「ふふふっ……私のために汗と泥に塗れる慎一……どんな絵画よりも心を打つよ」
「心だけにか?」
「今のギャグは心を打たないかなぁ」
うるせえな、ちくしょう。この状況下で冗談を言えるだけ、立派だと思え。
なんで俺がこんなことを……こんな辺鄙な地で、こんな重労働を……。
「遺跡発掘なんて貴重な体験でしょう? もっと目を輝かせなさい、少年」
「この状況じゃ、時間と共に輝きは失われますよ。…………心のお母さん」
なんで俺が遺跡発掘をさせられてるかも大概謎だけど、心の母親が俺と一緒に肉体労働をしてるのも大概おかしい。それ以上におかしいのは……。
「なんで貴女は顔を腫らしているのですか? 誰かに叩かれました?」
「愛娘にぶん殴られたわ。暴走族を抜ける時って、こんな感じなんでしょうね」
暴走族云々はよくわからんけど、愛娘に殴られたってどういうこと? 心にぶん殴られたの? なんで?
「馬乗りでひたすら殴られた上に、こんな重労働をさせられるなんてね。我が娘ながら、立派に育ったものだわ」
その立派に育ったというのは皮肉なのか、それとも単純に教育に対する考え方がバグってるのか。心の親なら、どっちもありうるから困る。
っていうか馬乗りで殴られたの? 実母にマウントポジションで殴りかかる娘なんて、この国じゃ相当珍しいぞ? いや、外国でも数えるほどしかいないだろうけど。
「コラー! サボってイチャイチャするなー!」
何をどう解釈したのか知らんが、メガホンで注意してきた。お前にだけはサボりを指摘されたくないよ。
「いや、そろそろ休憩させろよ! そして全てを余すことなく説明しろ! できれば家に帰らせろ! いや、できなくても帰らせろ!」
「帰らせるのは無理な相談だけど、休憩は認めるよ。あっ、お母さんは死ぬまで穴を掘っててね」
何があったんだよ、お前ら親子。塩対応ってレベルじゃねえぞ。
「はい、スポーツドリンク。ゆっくり飲んでね」
「ありがとう……。そんで……なんだこれ? なんで俺は、肉体労働をさせられてるんだ? 多重債務者になった覚えはないぞ?」
まさか俺の親父が借金を……? いや、まさかな。
「なんでって、デートするにもお金がかかるでしょ? 別に私が全額出してもいいんだけど、デートのためにお金を稼ぐ男の子って素敵じゃない? それが学生ならなおさらだよ。愛だね、紛れもなく」
……ふむ。言ってることは理解できたが、納得できない。強制的にバイトさせられてるのに、愛もクソもねえだろ。俺が本気でお前を落とそうとしてるなら、こういうのもありかもしれんけどさ、実際は逆なわけじゃん? お前が一方的に俺を愛してるんだから、俺に労働させるのはおかしいって。
「だとしても他にあるだろ、コンビニとか……」
「接客業なんかしたら、恋敵が現れるかもしれないでしょ?」
現れねえよ! バイト先の同僚のことを言ってるのか、女性客のことを言ってるのか知らんけど、現実では滅多にねえから!
「勿論略奪愛も素敵だけど、今はストレートな恋を楽しみたい気分なんだよ」
拉致して強制労働させるのがストレートな恋……?
「それに肉体労働のほうが、愛を感じるじゃない? 慎一の華奢な体には適さないけど、だからこそ素敵なの」
全くわからないとまでは言わんが、やっぱりおかしいよお前。
「……じゃあ、母親をぶん殴った理由は? 何発も殴ったってことは、衝動的な暴力じゃないんだろ?」
「危険な案件を持ってきたから制裁したのよ。慎一を酷い目に合わそうだなんて、たとえ身内であろうと許されることじゃないから」
なんだろう、危険な案件って。この仕事も大概リスクありそうなもんだけど。
「あらあら、危険だなんて……。ちょっとアブノーマルなお嬢様のサンドバッグになるだけの、簡単なお仕事よ?」
何一つ理解できないんだが? お前のお母様は何をおっしゃってるので?
「一週間で一千万、それも非課税よ? まあ、立派な脱税だから、銀行に入れられないけども」
え、何その明らかにヤバい案件。体欠損するの?
「彼女はついついやりすぎるみたいで、そういったお店はもれなく出禁らしいわ」
「……具体的には?」
「生殖器をとことんいたぶるらしいわ。それ以外の方法じゃ興奮できないド変態お嬢様らしいわ」
世の中は広いなぁ……そういったお店って多分SMクラブとかなんだろうけど、出禁になることある? そのレベルのことをしたら、お縄になりそうなもんだけど。
「潰したことは一度たりともないのに、名うてのマゾ達からNGを受けているらしいわよ。少年、挑む価値があると思わないかね? 未知への挑戦を……」
「お母さん、化石発掘より化石になるほうがお望み? 親孝行してあげようか?」
「何故? 貴女のためよ? 愛する女性を幸せにするために、男特有の痛みに耐えるのは尊いわよ? 娘が真実の愛を手にすることを願って何が悪いの? 私の提案を受け入れられないならば、それは偽りの愛よ。逆の立場なら貴女は挑戦するでしょ?」
「そりゃ勿論するけど、慎一に強要はしないよ。自分ができるからって、相手にもそれを望むのは間違ってるかな。私には、私のやり方があるの。そのやり方には、トチ狂った母親を生き埋めにするってのも含まれてるからね」
やべぇ、この空間やべぇヤツしかいねぇ。その顔も名前も知らないお嬢様も大概ヤバいし。っていうか名うてのマゾってなんだよ。真実の愛ってなんだよ、歪んでるだろ。っていうかただ単にアンタの性癖じゃないのか、それは。
「成長したわね、心」
「うん、もう母さんの庇護は必要ないから、いつでもお父さんをシングルファザーにしていいよ」
言い過ぎな気がしないでもないけど、気持ちはわかる。この女、心よりよっぽどやべぇよ。なんでその聡明そうな整った顔立ち(今はパンパンに腫れてるけど)から、そんなヤバい思想が出てくるんだよ。
「そのお嬢様に会ってみない? 数十人のマゾを、後遺症無しに精神崩壊させたプロの変態よ? マゾでもない少年が彼女の欲を満たすことができれば、それはもう男の頂点に立ったと言っても過言ではないわ」
いや、過言かなぁ……。なんだよ、プロの変態って。あと、精神崩壊も立派な後遺症だと思うんですが。
「万が一、生殖器にダメージが残っても夢想家なら治せるわ。我が一族は、禁忌とされている
「お母さん、いい加減にしてくれる? 公衆の面前だろうと、殴る時は殴るよ?」
「いちいち断らなくてもいいわよ。自分の思い描く愛のために必要な行為なら、躊躇なんてする必要がないのよ。殴られることで娘が真実の愛を手に入れることができるならば、私は何万ダースの拳を受けても……んがっ!」
うえっ……母親の顔面にグーパン入れたよ、この人。頬じゃなくて、ど真ん中に拳をぶち込んだよ。絶対、鼻骨折れたろ。
「それでいいのよ、それで。その拳で私を説得してみなさ……っ!」
に、二発目……。しかも一発目より威力が高い気がする。
怖いよぉ……この親子怖いよぉ……。肉体労働の疲労を忘れそうになるくらい、恐ろしいよぉ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます