第13話 論文拒否

 休み時間になる度にあの手この手でアピールしてくる心だが、今日は珍しく大人しい。なんていうんだろ、アンニュイ? ノンデリというか、今の御時世こういうことを言うのはよろしくないかもしれないけど……生理かな?


「むー……」


 口を〝へ〟の字にして唸っているが、これは構うべきなのか? それともそっとしておくべきか?


「うーむ……むむむむ……むんむんむん……」


 あっ、構わなきゃいけないパターンだ。構わないとヒスるパターンだ。


「おい、大丈夫か?」

「えっ? ああ、ごめんごめん、なんでもないよ?」


 俺は知っている。この『なんでもないよ』を真に受けて放置したら、バチグソに怒られるということを。これは心だからとかそういうのじゃなくて、大半の女性に当てはまる気がする。まあ、心以外の女性とさほど関わりがないから、なんとも言えないんだけど。


「無理に話せとは言わないけど、俺でよかったら聞くよ?」

「慎一……優しい……」


 ジーンとしてらっしゃるが、白々しいぞ。俺が相談に乗ることを願って、露骨にアピールしてたくせに。


「どこまで力になれるかわからんけど、言えるなら言ってみ?」

「えっとね、この前ね、学会に論文を出したの」


 ああ、出だしで躓いたわ。およそ高校生の悩みじゃないってことが、この時点でわかってしまう。普通の高校生は論文どころか、作文さえ自主的に書かないよ。たまにコンクールやってるけど、あんなの強制されなきゃ書かんだろ。


「由緒正しい公益社団法人に送ったんだけど、ぜんっぜんダメだね! 日本の研究が外国に遅れを取る理由がよくわかるよ!」


 思い出し怒りというヤツだろうか、急に元気になったな。

 公益なんとかのことはよく知らんけど、どうせ独りよがりの変な論文送ったんじゃないのか? と言いたいところだが、我慢我慢。


「差し戻しされたのか?」

「差し戻しと言うか、取り扱い不可って言われたんだよ。ああ、視野が狭いったらないね! そもそも研究というのは固定観念に囚われちゃダメなんだよ」

「へぇ……」


 よくわからんが苦労してるんだな。俺の知らない世界だから、かける言葉が見つからないよ。


「えっと、ちなみにどういう論文を……」

「よくぞ聞いてくれました! 名付けて〝空想心理学〟だよ!」


 ……? 空想科学は聞いたことあるけど、心理学? 俺が無知なだけで元からそういうのがあるのか? いや、もしそうなら〝名付けて〟なんて入り方はしないか。


「特定の条件下において、人間がどういった行動を取るのか、どのような変化が訪れるかっていう研究だよ」


 ……? それって普通の研究じゃないのか?


「何が空想なんだ? よくわからんけど、研究ってそういうもんだろ?」

「だから、その特定の条件下ってのが空想なんだよ。被験体も空想」

「……? ごめん、よくわからないけど、存在しない人に、何かをやった体で結果を予測するってことか……?」

「さっすが慎一! 大体そんな感じだね!」


 わからないなりになんとか絞り出した答えだったが、概ね合っているらしい。自分でも何を言ってるかわからなかったんだけど、本当に合ってる? この前の〝共感しまくるモテテク〟をまた使ってないか?


「えっと、実験自体が空想で、結果も空想ってことか?」


 もしそうだとしたら、論文もクソもない気がするんだが……実際にそういうのって横行してるのか? ゲーム関係の論文を数本(数枚?)読んだ程度だから、実情はわからんが。


「……………………うん! 架空の実験の結果を想像する感じだね!」


 それは本当に研究なのか? というか妙に間があったような……。


「誤解がないように言っておくけど、都合の良い妄想とか空論じゃないからね?」

「あっ、違うんだ……」


 小説的な感じでただの創作だと思ってたんだけど、どうやら違うらしい。でも架空の人間と架空の実験なんだろ? その結果って結局妄想なんじゃ……。


「精神的な病気に罹患した人や、なんらかの事件に巻き込まれた人に関する記録と、心理学を照らし合わせて考察するって感じだね」

「おっ? なんか思ったより本格的な……」


 えーっと……? 思ったより高度な研究っぽくて理解が追いつかないけど、実際の事件から心理状況を紐解いて、それを応用するってスタイルか? とてもじゃないけど、俺には無理だな。面白そうではあるけど、下手な科学より難しそう。


「勿論、全てが架空ってわけじゃないよ? 特定の条件における脈拍とか、心拍数とか、可能な範囲で実験してるからね」

「あー、金やら人脈で、ある程度はできるわけだな」


 『非人道的な実験以外は』という一文は、ギリギリのところで飲み込んだ。友達とはいえ失礼だというのもあったけど何より、万が一にも否定されたくない。考えたくもないけど、『えっとねー、実は倫理とか命に関わる実験にも手を出しててー、えへへぇ』とか笑顔で言われたら、恐怖で泣いちまうよ。

 金持ちに対する偏見かもしれないけど、闇の部分って少なからずあると思うんだよね。うん、下手に触れないほうがいいな。


「完成度の高さやら、考察のまとめ方や発想力は認められたんだけどねぇ」

「えっ、その辺が認められたらOKじゃねえの?」


 賞か何かを取り逃がしたってことか? 公益なんとか法人とか学会とか、その辺のことがいまいちわからないんだが、そもそも論文を送ったら何を貰えるんだ? 雑誌にでも載せてもらえるのかな? さすがに金は貰えないだろうし……いや、案外賞金とかあるのか?


「『空想にしてはリアルすぎて闇を感じる』だってさ。褒めてるのか貶してるのか、よくわからないねー」

「……そっか」


 ちょっと興味あるけど、あんまり深堀りしないでおこう。俺の直感によると、その論文を読むと後戻りできなくなりそうだし。


「ふー、話したら楽になったよ! お礼にアイス奢ってあげるね!」

「はは、お言葉に甘えようかな」

「えへへぇ、放課後デートだねー」


 ……こんなポワポワしたヤツが、闇を感じる論文を書くなんてな。にわかには信じがたいけど、よくよく考えたら常識を疑う言動ばっかりだし、そこまで不思議でもないのかな。よし、この話はおしまい! 論文については忘れよう!

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