第8話 未知の世界

 紙媒体のカードゲームって、まだこんなに人気なんだなー。俺は気まぐれでカードゲームのアプリを入れて、気まぐれで引退を繰り返すライトユーザーだから、なんていうか新鮮だ。よくわからんけど紙って面倒じゃない? カードの管理だとか、勝負する上での処理(?)とか。

 いやー、カードショップなんて小学生ぶりぐらいだから、適当にうろうろするだけで中々楽しいね。でもそろそろ飽きたっていうか、なんとなく居心地が悪いから、そろそろ帰りたい。

 まずね、なんか変な臭いするんだよね。空調の温度しっかりしてるから汗なんてかくはずないのに、妙に汗臭い。いや、単純な汗臭さじゃなくて、洗濯の仕方を間違えたかのような臭い? なんだコイツら、作戦か? 相手の思考力を奪う作戦か?


「心、その……臭いとか平気なのか?」

「あはは、ちょっとツラいかなー?」


 ツラいならもう出ようよ、俺ぶっちゃけカードとか興味ないし。

 ふと思い出したけどカードショップって、SNSの公式アカウントで『来店の際は入浴、洗濯をお願いします』みたいな声明が、度々出されてるんだっけ? 普通は客にそんなこと言わないよな? それって要するに、カードショップの客はラインを超えてるってことだよな。

 うー……ただの偏見だったけど、実体験によって確信に変わったよ。百聞は一見にしかず、いや、一嗅ひとかぎにしかずか。

 でもアレだな、思ったよりまともそうな客が多いな。ただ単に、ヤバいヤツがとことんヤバいってだけで。


「言っとくけど、今日ってだいぶマシだよ? 大きな大会がある時は、これの比じゃないからね」

「嘘っ……」


 これ序の口なの? たしかに言われてみれば、皆平気そうな顔してるし……俺の鼻が敏感すぎるだけか? っていうか……。


「そんな頻繁に通ってるのか?」

「頻繁ってほどじゃないかな、基本的にネットで済ませてるし」


 あっ、やっぱりそういうもんなんだ。個人的にはコイツがカードゲームをやってることに驚きなんだけど。

 しかも女性に人気の携帯怪獣カードじゃなくて、コアなオタクが多そうなゲームキングカードのほうだし。


「とりあえずさ、一回やってみない? 慎一もルール知ってるんでしょ?」

「知ってるというか、小学生の頃に少しやってただけだから、あんまり自信は……」

「大丈夫、大丈夫。構築済みデッキ売ってるし、やろうよ」


 ……どうしよう、わりとマジで嫌なんだけど。千円ちょっとで買えるってのは予想外だけど、その千円ちょっとすら払いたくないんだよなぁ。

 いや、俺がケチってわけじゃないよ? 普段そこまで金使わんから、結構お金持ってるし、興味があったら大人買いするよ? でも今日のためだけに買うのもなぁ。


「お金なら大丈夫だよ、私が出すから」

「いや、それは忍びないって」


 いくら相手が金持ちでも、こういうのってあんまりよくないと思うんだよね。ましてやこんな物のために借りを作りたくない。


「遊んだ後は私の所有物にするから大丈夫」

「……あー、なるほどなぁ」


 自分用に買ったものを俺に貸してくれるって感じか。まあそれぐらいなら……。

 ここでゴネたところで心は折れてくれないだろうし、俺が折れるか。


「じゃあ俺よくわからんから、心のおすすめを……」

「よしっ、じゃあ今の環境デッキにしようか。これにシングルを五枚ほど組み合わせれば、速攻で強くなれるよ」


 ……環境? シングル? 何? どういうこと?

 よくわからんけど、大人しく心に任せとこう。さっきから妙に視線を感じて、居心地が悪いんだよな。

 もしかしてカップルだと思われてるのか? その勘違いは理解できるけど、凝視することなくね? カップルぐらいどこにでもいるだろ。

 それとも単純に女性客が珍しいのか? いや、比率で言えばたしかに少ないけど、それなりにいるぞ。あっちの席にも二人組の女性客いるし。


「お待たせ! じゃあさっそくやろっか!」


 いつの間にやら買い物を終えた心が俺の手を引き、対戦スペース(?)的なところまで連れて行こうとする。待って、マジで待って、そこはハードル高いって。なんか妙に盛り上がってるし、初心者が気軽に行っちゃいけない雰囲気なんだけど。


「こ、ここでやんの?」

「ここで対戦すれば、必要なカードをすぐに買い足せるからね」


 なるほど、合理的だ。でも勘弁してください。買い足さなくていいから。適当に構築済みデッキで一、二戦して退店しようよ。なんだったら、お前の家の図書館でいいだろ。なんでルールうろ覚えの俺が、魔窟に足を踏み入れにゃならんのだ。

 まあ、抵抗しても無駄だろうし、諦めるか。俺がド素人だとわかれば、もう二度と誘わないでくれるだろ。




 一戦目が終わったけど、全然わからんかった。俺がやってた頃とルールが全然違うくね? 単純にルールを把握してない小学生同士の雑な遊びだったから、食い違ってるように感じてるだけかもしれんけど。


「どう? どう? ルールわかってきた?」

「……ルール以前にカードの効果が複雑すぎて、頭がパンクしそうだよ」


 一枚のカードにどんだけ効果持たせてるの? もっと単純な効果でいいじゃん。携帯怪獣カードみたいに、シンプルな効果にしてよ。文字が多すぎるせいか、やたらと文字が小さくて読みづらいし。

 あとさ、腕組みしながら観戦してるヤツらはなんなの? 心が目当てか? 誰かに押し付けたいと常々思ってるけど、さすがにお前らは嫌だよ?


「っていうか心のターン長くない? いちいちテキストとルールを確認しながらやってる俺より長いんだけど」


 なんかよくわからんけど、高速で色々やってんだよ。最初のターンは行動一つ一つに説明を求めてたけど、途中から気を遣って無言だったよ、黙って見守ってたよ。なんていうかソリティア? 一人でずっとカード弄くってんの、一ターンでどんだけ行動できるんだよ。


「どれだけ展開できるかの勝負だからねー」


 〝だからねー〟って言われても困るんだよ。俺は、攻撃力アップとか、相手のカードを破壊とか、そういうシンプルな効果のカードをぶつけ合いたいんだよ。倒し方もわからないモンスターを凄い勢いで並べられたり、苦労して出したカードをよくわからないうちに破壊されたり、そういうの求めてないんだよ。っていうか展開ってなんだよ、何言ってるかわかんねぇよ。


「ふふっ、心配しなくても大丈夫。これから私が手取り足取り教えてあげるよ」


 何その得意げな顔。カードゲームが上手くても偉くないぞ? いや、その界隈においては偉いんだろうけど、一般人から見れば弱者も強者も同じ人間だぞ?


「よかったから今から私の家で講座してあげようか?」

「……またの機会に」

「えー? お泊りしていきなよー」


 なんで隣の家に宿泊しなきゃいけないんだよ。こんな物を夜通し遊びたくないっていうか、なんか周りの客から殺気を感じるんだけど。なんで怒ってるの? 自分達の聖域でカップルがイチャついてるから? 気持ちはわかるけど、俺の態度で察してくれよ。明らかに興味なさそうじゃん? それはそれで腹立つのかな?

 とりあえず今日はこれで解散になったけど、結局なんだったんだ? なんでいきなりカードゲームなんか……。

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