第5話 アカデミック脳

 図書館デート、いや、お家デートか? どっちでもいいんだけど、なんにせよ何事もなく終わってよかったよ。

 しかしまあ、不思議な時間だった。あれはデートというより、学会だったな。わからんけど、大学の研究室ってあんな感じなのかな?

 クローンがなんだの、ゲノムがなんだの、テロメア……? だったかなんだか、小難しい話を延々と聞かされたよ。

 ひたすら本を探して、ひたすら要点を抜き出して、それらを一枚の紙にまとめて議論して……。テスト勉強より真面目にやったんじゃないかな。うん、高校生のデートじゃないよね。あれはあれで楽しかったからいいんだけど、どうせ研究するならネタ寄りの研究にしてほしいね。俺ら一般人ができる研究なんて、既にやりつくされてるだろうしさ。

 あっ、心からメッセージがきた。見たくねえなぁ……。


『昨日はありがとう。すっごく楽しかったよ。慎一の観点は独特で、私も考えさせられるところがありました。今日は、慎一の意見を参考にしたアプローチをかけてみます。この土日は集中するので返信が遅くなるかもしれませんので、お急ぎの時は電話してください』


 あれっ、なんか予想に反して業務的っていうか、まともなメッセージだぞ。女子高生のメッセージとは思えない内容だけど。

 よくわからんけど、デートの誘いじゃなくてよかったよ。メッセージのやりとりが続いても面倒なので、適当にスタンプを送信しておいた。

 さてと、例の怪我がまだ治ってないし、ゲームでもしながらゆっくりと過ごすか。




 まずいな……いや、まずくはないのかもしれんけど、昨日のデートの影響が出てしまっている。

 普通のRPGをプレイしてるんだけど、色々な疑問が思い浮かんできて、いまいち没入できないんだよ。『このゲームの元になった作品はあるのか?』『レベルの上がりやすさと、ユーザーの幸福度ってグラフ化できないか?』『世界観をゲーム側から押し付けずに、ユーザーのほうから学んでくれる方法はないか?』などなど、低レベルな論文の種みたいなのが無限に湧いてくるんだよ。

 うーん、良い影響と言えば良い影響なんだろうけど、普通に生きる分には枷じゃないか? 俺は別に学者になりたいわけでもなければ、ゲームクリエイターになりたいわけでもない。目の前の娯楽を何も考えずに楽しむ一般人でありたいんだけど。


『ゲーム関係の論文とかってあるの?』


 自分でも驚きなんだけど、気付いたら心にメッセージを送っていたよ。必要以上に接触することを恐れていたのに、自ら連絡を取ってしまうなんて。


『いっぱいあるよ! 慎一が言ってるのはビデオゲームの話だろうけど、アナログのほうも充実してるね! ゲームの戦略から歴史、マーケティングまで、様々な視点から研究されてるよ! 私もそこまで明るいわけじゃないけど、多分図書館にくれば資料はあるんじゃないかな! もしよかったら、夢想家のAIも使ってみて! 現時点では私の家からしかアクセスできないけど、慎一ならいつでも来ていいよ!』


 返信早っ! そして長っ!

 そっかー……よくわからんけど、色んな学会があるんだな。研究なんてお固いものばかりで、一般人が入り込む余地なんてないと思ってたけど……違う意味で入り込む余地がなさそうだな。

 よしっ、大人しく今までの生き方をしよう。小難しいことは一切考えず、普通に生きよう。のめり込むとまずそうだし。

 それにしても心のヤツ……案外頭がいいのか? 言動が無茶苦茶だから何も考えてないように見えるけど、実はその辺の人よりよっぽど賢い? 意外な一面だなぁ、なんにせよ関わりたくないけど。




 その翌日、夢想家のAIによって簡潔にまとめられた論文集を手渡され、俺の日曜日は完全に潰れた。ええ、どっぷりとハマりましたよ。

 そっかぁ……論文って難しいから読む気失せるだけで、要点をかいつまむとこんなに面白いんだなぁ。さすがに研究までする気は起きないけど、心が熱中する気持ちがわかったような気がする。

 ……心って、なんでこんなに頭が良いのに、あんなアホなアプローチばっかり仕掛けてくるんだろうね? 恋愛に関する論文でも読み漁ればいいのに。

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